第11話 森の中
「ひ、陽ノ守……!俺に構わず……先に行け……!」
エスレルの森へと向かう道すがら。
鈴木達に追いつこうと必死に走ってきたのが仇となったのか、既に俺の体力は限界を迎えつつあった。
いやだって鈴木達も陽ノ守も滅茶苦茶走るの速いんだもん。ちなみに俺が全速力で走ってようやく陽ノ守のランニングレベル。
さっきオークに追い回されていたときはそれこそ死に物狂いだったから火事場の馬鹿力でなんとなかったのかもしれないが、どうやら俺は脚も人並みより遅いらしい。いい所がなさすぎて辛みが深い。
ただ必死に走ってきた甲斐あってエスレルの森がもう遠目に見えていた。
森というよりは大森林と言った様相で、見渡す限り一面木に覆われている。入ったら最後、出られないなんてことにもなりかねないほどの広さだった。
鈴木達の姿はどこにも見当たらなかったので、既に森に入っているのだろう。
俺の声に気付いて戻ってきた陽ノ守が心配そうにしながら言う。
「佐藤さんを置いていくわけにはいきませんよ。私達は二人で一つのパーティなんですから、どちらかが足を止めていたのなら待つのは当然のことです」
ひ、陽ノ守さん……!!
一人は皆の為に、皆は一人の為に。その言葉を体現するかのような陽ノ守の心意気に、つい目頭が熱くなる。
とりあえず休憩をかねて岩場の影に座り、エスレルの森の様子を観察することにした。
「それにしても、話にあった魔王軍の姿は見えないようですが……」
陽ノ守の言うとおり、ここから見える限りでエスレルの森から出てくる魔物は一匹も見当たらない。
攻めて来る気があるのならその辺にうじゃうじゃしていてもよさそうなものだが、魔王軍の目的は城下街を襲うことではないのだろうか。魔物の考えることだからわかるわけもないのだが、ちょっと気にかかる。
「佐藤さんはどう思いますか?」
陽ノ守に聞かれたので思っていたことを伝えた。
「確かにそうですよね。魔王軍が兵力を揃えているのなら、わざわざ森の中に隠れるというのも妙な話です」
「指揮している奴が何も考えていないのか、それとも作戦か何かで俺達をおびき出そうとしてるのか。まぁおびき出されたところで鈴木達が負けることはないと思うけど」
言っている側から森の中で爆発音が響く。どうやら戦闘が始まったらしい。雷やら氷やらの魔法が見えているので魔法師組が大暴れしているのが丸わかりだ。
少し休んで体力も回復してきたので、再度陽ノ守と共に森へ向かって駆け出した。
―――
エスレルの森の入り口に着くと、国王の精鋭騎士団と思われる一団が森を取り囲むように布陣していた。遠目から見たときにはなかったので恐らく今さっき展開されたのだろう。
俺と陽ノ守の姿を認めるなり、一際立派な装備をした兵士が近付いてくる。
「お前達は誰だ?」
「さっき入っていった方々の友人です」
「となるとお前達も今日召喚された勇者達ということか」
陽ノ守は頷いたが俺は俯いていた。
この世界に召喚された時のこともあり、人前で自分のことを勇者と名乗るのがちょっとトラウマになっていた。今思い出すだけでも涙が出てくる。
だが兵士はそんなことに気付いた様子もなく、大きく頷いた。
「俺の名はグラード。ダラリス国王直属騎士団を率いる団長だ。森の中では既に戦闘が始まっている。数は未知数だがとても危険な魔物ばかり。それゆえ倒した数だけ武勲も立てられることだろう」
「あなた方はここで何を?」
陽ノ守の問いにグラードがどこか答えにくそうに言った。
「我々は魔物達が森の外に出てこないように見張っているのだ。情けない話だが、魔王軍に面と向かって対峙できるほどの力を持っていないものでな。この世界に来たばかりのお前達に任せることに申し訳ない想いはあるが、どうか頼む。その代わりというわけではないが、我々は街へ魔物がいかないようここを死守する」
グラードの鎧はあちこち傷だらけで、ところどころに見えている皮膚にも何かで裂かれたような傷が痕になって残っていた。兜から覗く瞳もまるで獣のように鋭く、他の兵士達とは違う独特の威圧感が漂っている。とても弱いようには見えないが、今それが本当かどうかを知る術はなかった。
「わかりました。では行きましょう、佐藤さん」
グラードと兵士達に見送られ、俺と陽ノ守はエスレルの森へと足を踏み入れた。
―――
森に入るなり、濃い血の匂いが鼻を付いた。見れば、獣のような魔物の死体があちこちに放置され、赤い血溜まりを作っている。
陽ノ守にとっては相当ショッキングな映像だったのか、時折気分が悪そうに口を抑えていた。夢に見ないこと心の中で祈るばかりだ。
ゆっくりと周囲を警戒しながら歩くが、しばらくしても魔物も鈴木達の姿も見えない。入り口にあった死体は十体程度だったし、魔王軍は聞いていたより少なかったということだろうか。それとももっと奥に固まっているのか?
「待ってください、何かいます……!」
言ったそばから俺達のすぐ側の草木がガサガサと音を立てる。
陽ノ守は剣を、俺は食卓用ナイフを構えて息を殺す。構えたはいいけど俺食卓用ナイフでどうしようって言うんだろう。我ながら疑問である。
「グルルルルルル……ガアアアアアアアアアアアアア!!」
突然俺達の背後から狼型の獣人が姿を現す!くそ、ガサガサしていた方は囮だったのか!?
急な魔物の登場に陽ノ守は動けない。それでもなんとか魔法を発動しようとしているようだったが、魔法を撃つよりも獣人の攻撃が届くほうが先だ。
せめて陽ノ守だけは守れればと一歩前に出て獣人の体当たりに備えようとしたが、突如として横から物凄い速さで飛んできた何かが魔物の胸を貫き、そのままの勢いで魔物を木へと突き刺す!
ビィィィンと微振動を繰り返していたそれは、どこかで見たことのある大剣だった。
「なんだ、お前も来てたのかよ?その体たらくで一体何しに来たってんだ?」
木の陰から鈴木が姿を現す。どうやら剣を投げたのはこいつだったらしい。
木に刺さった大剣を難なく抜き去ると、刃についた獣人の血を一振りで拭う。随分と手慣れた動作だった。
胸から剣を抜かれた獣人は、口から真っ赤な血を流してピクリとも動かなくなる。
「っし、これで十八匹目だな。なんだよ、魔王軍ってのはこんなに弱いもんなのか?もっと歯ごたえがあるもんだとばっかり思ってたけど、この調子なら魔王も全然余裕だな」
じっと獣人を見ていると、鈴木が笑って言う。
「そんな獣風情、俺にかかれば一発よ。なんだ、俺の強さにびびったのか?」
「そそそんなわけないだろ!」
正直ちょっとびびったけど!でも鈴木の前でそんなことは口が避けても言えない。
「まさか、どうして殺したんだなんていう気じゃないだろうな?そいつを殺さなきゃお前達が殺されてた。礼は言われても文句を言われる筋合いなんてないぜ」
「別にそういうわけじゃない。言いたかないけど、助かったよ」
素直にそう言うと、鈴木は殊更嫌そうな顔をした。
「……なんだよ、気持ち悪ぃ。ま、せいぜい俺に助けられた命で少しでも魔物を倒せるよう努力するんだな」
憎まれ口を叩きながら鈴木は颯爽と姿を消す。おそらく別の魔物を狩りに行ったのだろう。
そんな鈴木を見送りながら、陽ノ守が呟く。
「凄いですね、鈴木くん。それに比べて私は……」
あれだけ大きい剣すらもまるで手足のように扱えているあたり、鈴木は随分と戦い馴れしているように見えた。おそらく本人の能力値の高さやセンスの問題もあるのだろうが、鈴木は勇者に相応しい力の持ち主だと認めざるを得ない。悔しいけど。
だからこそ、俺は陽ノ守に告げる。
「陽ノ守。悪いんだけど、ここからは鈴木達についていってくれないか」
その突然の申し出に、陽ノ守は目を白黒させた。
「ど、どうしてですか?確かに私はさっきの魔物の攻撃に全然動けませんでしたけど、次はもっと……」
「違うよ、さっきのあれは陽ノ守のせいじゃない。俺のせいだ」
自覚していないのかもしれないが、陽ノ守は常に俺を守れるような行動を取ってくれている。さっきだって本来は俺と陽ノ守で半分ずつ警戒すればいいところを、俺の方までカバーしてくれていた。だから反応が遅れたのだろう。
陽ノ守は魔法特化ではあるが、近接戦も出来ないわけじゃない。ただ、不慣れな戦いの中で俺を守りながらとなれば当然動きは鈍る。俺が陽ノ守の負担になっているのは間違いなかった。
でもそれを陽ノ守に伝えたところでこの心優しい少女は首を縦には振らないだろう。だから俺は嘘をついた。
「目の前で魔物が殺されたのを見て恐くなっちゃってさ。正直これ以上戦うのは無理だ」
陽ノ守は何か言おうとして口を開きかけたが、唇を噛み締めると頷いた。
恐らく外で待っていたほうが俺にとって安全だと思ったのだろう。気にかけてくれるのはありがたいけどなんというか情けなさで涙出そう。
「わかりました。ですがせめて入り口までは一緒にいさせてください」
「ありがとう。助かるよ」
元々入り口からそんなに離れていたわけではなかったのですぐに陽の光が見えてきた。
「後は自分で歩けるから、ここで大丈夫だ」
礼を言うと陽ノ守はどこか名残惜しそうに数秒立ち止まっていたが、振り向いて走り出すとすぐに姿は見えなくなった。
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