第10話 エスレルの森へ

 ギルドに帰還して受付で依頼完了報告を済ませると、陽ノ守が能力値の書かれた紙を見て声をあげた。


「見てください佐藤さん!私、レベルアップしたみたいです!」


 どこか弾んだ調子の陽ノ守が紙を見せてくる。


 陽ノ守かえで(ひのもりかえで)

 レベル2

 H  P・・・2122(2101)

 M  P・・・3011(2985)

 攻撃力・・・449(444)

 防御力・・・526(516)

 素早さ・・・483(476)

 魔法力・・・841(822)


 さっきオーク討伐を経験したことでレベルが上がっているようだった。左が現在の能力値で右の()内が前回のものだろう。どういう基準で上がるのかは不明だが、やはり陽ノ守は魔法系に関する能力が上がりやすいようだ。


 ん?待てよ?陽ノ守がレベルアップしたということは俺もしてるんじゃ?

 慌てて能力値の書かれた紙を取り出して確認する。


 佐藤清之介(さとうきよのすけ)

 レベル2

 H  P・・・113(113)能力値の限界を迎えました

 M  P・・・0(0)能力値の限界を迎えました

 攻撃力・・・29(29)能力値の限界を迎えました

 防御力・・・21(21)能力値の限界を迎えました

 素早さ・・・48(48)能力値の限界を迎えました

 魔法力・・・0(0)能力値の限界を迎えました


 なんか能力値の限界迎えてるんだけど!?

 俺もうこれ以上成長しないってことなの!?いやいやいやいや、ありえない!!だってまだレベル2だよ!?ただでさえ人一倍低いのにそれに加えて成長の見込みすらないとか、もう完全に終わってるじゃねぇか!!


 愕然とする俺の能力値の書かれた紙を横からひょいと見て、陽ノ守はなんとも言えない笑みを浮かべた。


「あの、きっと大丈夫です!何かあれば私が守りますし、何より佐藤さんにはその知識を生かした司令塔として……」


「やめて!!同情が今は痛い!!」


 陽ノ守の言葉を遮ってその場でくず折れる俺。

 期待していた。もしかしたら俺は成長性が人よりも圧倒的に優れていて、能力値が一気に百とか二百とかの単位で上がっていくんじゃないかと。だからこんなに初期能力値が低いんだと、そう納得していた。納得させていた。だのに……!!能力値の限界を迎えましたって……!!


「何一人で騒いでるんだ、勇者君よぉ」


 顔を上げると、鈴木が俺達のいるところへ歩いてくるところだった。どうやら鈴木達も依頼をこなして帰ってきたところらしい。鎧に緑色の血糊が付いているあたり、何かの魔物を討伐してきたのだろう。


「別に、なんでもない」


 落ち込んでいるところに見たくない顔を見てテンションが極限まで落ちた俺はそそくさとその場を後にしようとしたが、肩を掴まれ止められる。ちょっと掴まれただけなのに滅茶苦茶痛いが言うのは悔しいので我慢した。こいつ力強すぎじゃない?ゴリラ並みにあるだろ。


「待てよ勇者。お前も依頼を一つくらいこなしてきたんだろ?ってことはレベルアップしたわけだ。よし、ここは一つお互いに見せ合って健闘を称えあおうぜ?」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる鈴木。恐らく純粋な好奇心からなんだろうがこいつが言うと狙って言っているように思えてならない。かといって見せたら見せたで自然に馬鹿にしてくるだろうから尚更見せたくない。


「待ってください鈴木くん。私のものを見せますから、佐藤さんに無理強いするのはやめてください」


 陽ノ守が俺と鈴木の間に割って入る。

 その姿を見て、ひゅうと口笛を吹くと、俺のことなどもはやどうでも良くなったのか鈴木は陽ノ守にずいっと近付いた。


「その格好滅茶苦茶似合ってるじゃん!!何、どこで買ったの?」


「鈴木くんが防具を買ったお店と同じところです。佐藤さんが選んでくれました」


「勇者君が?へぇ、中々センスあるじゃないの。その他のセンスはからっきしなのになぁ?」


 じろじろと俺を見て笑う鈴木。


「まぁどうでもいいや。で、どうよ陽ノ守。いい加減こいつのお守りなんてやめてこっちに来いよ。お前のことだ、強い魔法ばかすか覚えたんだろ?正直俺達にはCだのBだのの低難易度の依頼は簡単すぎる。さっき受けたBランクの依頼も俺達にかかればちょろいもんだ。あと数回適当なAランクの依頼受けて、もう魔王討伐に向かっちまおうって話しになっててさ」


 まさかこいつら初っ端からBランクの依頼を受けたのか!?

 Bランクにはサイクロプスやワイバーンなんかの明らかに上級冒険者向けの討伐依頼しかなかったはず。

 確かに鈴木を筆頭に能力値が高い奴等が大勢いるのはわかっていたけど、まさか魔物と戦ったこともないのに高難易度に挑むなんて、向こう見ずにも程がある……!!


 そう思ったのだが、今こうして誰一人かけることなくここにいる時点でそれがどういう意味なのかを証明しているようなものだった。

 それに、陽ノ守のあの力を目にした後だとすぐに否定できない自分もいる。鈴木のグループには陽ノ守までとはいかなくとも、魔法力に適した奴等はたくさんいるだろうし、それが何十人といるわけだから物量作戦で押せばそう簡単に負けることはないのかもしれない。鈴木に関して言えば圧倒的な能力に加え運動神経もいいしさらにはセンスもある。きっと初めての戦闘でもうまく立ち回ったんだろう。


 鈴木の話に陽ノ守の顔が真剣味を帯びる。何より陽ノ守は妹や弟の為に早く魔王を倒して元の世界に戻りたいはず。その気持ちは今も変わっていないのだろう。

 恐らく鈴木達ならAランクの依頼も簡単に終わらせることが出来るだろうし、もしかするともうすでに魔王を倒せる力を持っているかもしれない。だとすれば鈴木の提案は陽ノ守にとって魅力的なものだろう。


 だが、陽ノ守は首を縦には振らなかった。


「鈴木くんは突然猪が襲い掛かってきたらどうやって倒しますか?」


 どこかで聞いた話。それを陽ノ守は鈴木にぶつける。鈴木は鈴木で何のためらいもなく答えた。


「そりゃあ力任せにぶん殴るか、横っ面に蹴りを入れて倒せばいいだけだろ?」


「猪は、百キロの巨体なのに時速40キロの速さで走ることが出来るそうです。それを知らずに立ち向かえば、間違いなく負傷します。そんなことすらも私は知りませんでした。そして、それを教えてくれたのは佐藤さんです」


 陽ノ守の言いたいことを理解したのか、鈴木はどこか不満そうに頭をかく。


「つまり、敵を知り己を知ればーって奴か?へ、そんなの、弱い奴が弱さを隠すための方便だ。向かってくるんなら、圧倒的な力でねじ伏せちまえばいい。そして、今の俺たちにはそれだけの力がある。魔王だろうがなんだろうが負けるわけがねぇ」


 俺を一瞥して、再度陽ノ守に向かい合う鈴木。


「いいから俺達と来いよ。すぐに魔王なんかぶっ殺して、さっさとこの世界からおさらばさせてやるから」


「それでも私は佐藤さんと一緒に行動します」


 陽ノ守をじっと見つめた後、鈴木はため息をついた。説得できないと悟ったんだろう。

 ここで無理やり連れて行こうとしないのがこの鈴木という男の嫌なところだった。


「わぁったよ。どうしてお前がそんな奴に執着してんのかは知らねぇけど、でもそのうちきっと後悔するぜ?なんせそいつは最弱の勇者君なんだからな。足引っ張られたら命がいくつあっても足りねぇってもんだ。席は空けとくから、そいつに使い道がないとわかったらさっさときりあげて来いよ?」


 そうして鈴木は片手を挙げて去っていった。

 鈴木の背中を見送っていると、陽ノ守が微笑みながら手を差し伸べてくれる。その手を取るのを少しだけ躊躇ってしまったが、強引に掴まれて立ち上がらせられた。

 陽ノ守さん、絶対俺より力ありますよね。


「前にも言ったけど、多分鈴木のグループにいたほうが魔王は速く倒せると思うぞ?本当にいいのか?」


 俺が陽ノ守の弟に似ているから放っておけないと言われたのは記憶に新しいが、それを差し引いても俺といるメリットはないように思える。


「前にも言いましたけど、私は好きで佐藤さんと一緒にいるんです。だから本当にいいんですよ」


 好きで一緒にいる……!?ま、まままさか、それって……!?

 俺の心境を知ってか知らずか、陽ノ守は小悪魔風にふふっと笑いながら俺を見ていた。いやまぁこの展開は前もあったからもう勘違いはしないけどね。

 なんにせよ、陽ノ守がそう決めたのなら俺にどうこう言う筋合いはない。そもそも陽ノ守が仲間でいてくれることは俺にとってありがたい話でしかないのだ。断られこそすれ、断る理由なんて一つもない。


「じゃあ早速次の依頼を……」


 俺がそう言おうとしたその時だった。

 ギルドの中に一人の兵士が大急ぎで入ってきて、大声で叫ぶ。


「緊急招集だ!!西のエスレルの森に魔王軍が姿を現した!!我こそはという者は至急エスレルの森に向かわれたし!!」


 その情報にギルド内が騒然とする。


「エスレルの森は、ここから歩いておおよそ一時間くらいの場所にある森のようです」


 陽ノ守がガイドブックを見ながら教えてくれる。一時間程度ならばそう遠くない距離といっていいだろう。魔王軍が現れたのが本当だとして、それが大群を率いてやってくれば俺達がいるダラリス帝国城下街も安全とは言えない。今すぐ避難したほうがいいだろう。


「おいお前、それは本当なのか?」


 鈴木が兵士に向かって問いかける。


「ああ、王直属の精鋭騎士団からの伝達だから間違いはない」


 魔王軍というだけでやはり戦いたいと思う者はいないのか、数いる冒険者達も自ら名乗りを上げようとはしない。それほどまでに魔王が恐れられているということなのだろう。


 鈴木は他のグループメンバーと頷きあうと、兵士に向かっていった。


「俺達が行く」


「お前達は確か、今日召喚されたばかりの……」


「俺達はもうBランクの難易度の依頼を達成してる。それも、超余裕でな。魔王軍だろうがなんだろうがぶっ潰してやるよ」


 兵士は少しだけ考えていたが、大きく頷いた。


「わかった。召喚された勇者ならばその実力は折り紙つき。王もできればお前達に依頼したいと仰っていた。では、正式にお前達に依頼する。依頼内容はエスレルの森に潜む魔王軍の殲滅。報酬金は当然それ相応のものを用意すると約束しよう」


「よっし、行くぞみんな!!魔王と戦う前の前哨戦だ!!適当に終わらせて今夜は報酬金でパーッと騒ぎまくろうぜ!!」


 鈴木が声をあげると、メンバーも同様に両手を挙げて叫んだ。そしてそのままずらずらとギルドを走って出て行ってしまう。めっちゃアクティブだなあいつら。


「私達はどうしましょうか。おそらく鈴木くん達なら負けるようなことはないと思いますが……」


 俺も陽ノ守の意見には同意だ。召喚組は各々が相当高いレベルの能力値を持っている。鈴木のグループにはそれが二十人近くいるのだ。たとえ戦闘知識が浅くとも数でごり押せるだろう。


 でも、何かひっかかる。ここから一時間ちょっとでいける程度の場所に突然魔王軍がぽんと現れるだろうか。だとすればこの城下街はいつでも魔王軍の脅威に晒されていることになるような気もするが、その辺りはどうなっているんだろう。

 なんだか妙な胸騒ぎを感じる。


「俺達も行こう。俺が足手まといになるのはわかってるけど、行かなくちゃいけない気がする」


「佐藤さんがそう言うのなら、もちろん私も行きます」


 陽ノ守と頷きあうと、俺達も鈴木達の後を追った。

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