第7話 暗殺者装備
「あ、ここです!」
先を歩いていた陽ノ守が立ち止まったのは路地裏にある明らかに怪しげな店だった。
一見するだけでは装備なんて売っているようには見えない。むしろ怪しいクスリを扱っていると言われたほうが納得してしまいそうなくらいだが、せっかく陽ノ守が走り回って見つけてくれた店だ。怪しいからといって無碍にするわけにもいかない。
路地からはカウンターしか見えず、中は暗くてうかがい知れないが、ともあれ声をかけてみる。
「すみませーん。誰かいませんかー」
何回か呼びかけてみるが返事はない。もしかして留守なのかと思い始めたその時、カウンターの下からぬるりと老婆が顔を覗かせた。
「なんだ騒々しい。何回も言わなくったって聞こえてるよ」
しわがれた声の老婆はいかにも面倒くさそうに俺を睨みつける。ボツボツの付いた長い鼻に皺だらけの顔、くだびれたとんがり帽子と、まさに魔女といったような出で立ちのばあさんだった。
見た目のインパクトに圧倒されながらもどうにか言葉を繋ぐ。
「ここで装備を売っていると聞いてきたんですが」
「装備?あぁ装備ね。だったら大通りにある大きな店に行きな。ここはあんたらみたいな表の人間が訪ねてくるような場所じゃないよ」
しっしっと手を振るばあさんに、陽ノ守が声をあげる。
「大通りの店にはもう行ったんですが、色々あって買うことができなかったんです」
「買えなかっただって?もうあんたは随分と立派なものを装備しているようにあたしには見えるけどねぇ」
「いえ、私ではなくて……」
陽ノ守の言葉にばあさんの視線が俺に向く。
ばあさんの目が俺の頭の先からつま先までを一往復すると、得心が行ったという風に短く息をついた。
「なるほど、また別んとこから飛ばされてきたのかい」
「また?」
聞き返すとばあさんは黙り込んでしまう。
今の話の流れからすると、俺達の他にも転移してきた人間がいるってことだろうか。
「なんでもないさ。それよりも、装備がほしかったんじゃないのかい?どれ、見繕ってやるから能力値を見せな」
ばあさんが話を流してしまったのでさっきのことについてそれ以上聞くことは出来なかった。
言われたとおり能力値の書かれた紙を見せると、落ち着き払っていたばあさんが驚いたような声をあげる。
「なんだいこれは……!あたしゃ生まれてこの方こんな能力値は見たことがないよ……!あまりにも低い……!低すぎる……!まるで赤子のようじゃ……!」
いやわかってはいたけどそうやって大げさに言うのほんとやめてくれますかね。あげてから落とされるのが一番辛いってわかってる?っていうか赤ん坊はいくらなんでもいいすぎじゃない?せめて子供くらいじゃない?
げんなりしている俺に反してばあさんは見たこともないような低い能力値にテンションがあがったらしく、どこか興奮気味に言う。
「確かにこれだけ低いとなるとまともな店では装備が見つからないのも頷ける。この街に限らず、おそらくどこを探してもそうそう見つかりはしないだろうね」
どんだけ俺の能力低いんだよ。ここまでくるともう泣くどころか笑えてくるわ。
「なんとかならないでしょうか」
陽ノ守が聞くと、ばあさんは顎に手を当てて考えていたが、何かを思い出したように店の奥へと姿を消す。
そしてすぐに戻ってくると、カウンターにとある装備一式と鞘に納められた一本の剣を持ってきた。持ってきてくれたということは俺にも装備できる防具に武器ということか……!?期待に胸の鼓動が自然と早くなる。
「あんたの能力値で装備できるのはこれだけさね。装備してみるかい?」
「もちろん!!」
あまりの嬉しさに二つ返事で了解し、早速物陰で着替えを始めた。
鎧に肩当て、篭手、足甲などは全て皮製。防御力は見込めないだろうが軽くて実に動きやすい。全身が皮装備なので基本色は暗い茶色でかなり地味だが、敵には狙われにくいだろう。付属していたフードをかぶればその効果は倍増すること間違いなしだ。
剣を腰に差すと、そこに一端の暗殺者が出来上がっていた。
「ってこれ暗殺者装備じゃねぇか!!俺、これでも一応勇者なんだけど!?」
「勇者だって?はっ、そんな低い能力値引っさげてなにバカなこと言ってんだい」
「俺だって好きでこんな能力値になったんじゃないわ!!」
「お、落ち着いてください佐藤さん!私はその装備、格好いいと思います!」
陽ノ守に腕を掴まれて冷静になる。確かに端から見れば中々いい線いってるかもしれない。少なくとも学生服よりはずっといいのは間違いない。でも暗殺者装備って……!!奇を衒うにしてもちょっと斜め上すぎやしないか……!?
呆れたように俺を見ながらばあさんは言う。
「まったく、あんたの能力値を考えて見繕ってやったってのに、文句言われる筋合いなんてないんだけどねぇ」
「そ、そうなのか?」
「そりゃそうさね。あたしだってこれでも商売人だ。売るものに関しては顧客が満足するものを提供する。あんたの場合はまず能力が低すぎるからね。真正面からやりあったって当然適いっこない。となればもう相手の隙を付いて倒すしか残された道はないだろう。だから暗殺者なのさ。防御力はほぼゼロに近いが何よりも軽い素材で出来てる。皮だから金属音もしない。足裏にも静粛性を上げるための特別なゴムが使われてるから、足音で気付かれることはまずないだろうさ」
いや確かにそうだけれども。でも勇者なのに暗殺って絵面的にどうなの?
いつか夢見ていたはずの正面から派手な技を撃ちまくって敵を倒すような華のある戦いとは程遠いというか百八十度真逆だ。
鈴木たちが派手に暴れまわってる脇でこっそりぐさぐさやってるとかあまりにも地味すぎる。
だが、それでもあんな目立つ制服を着ているよりかはずっとマシだった。
「文句があるなら返してもらってもこっちは一向に構わないけどね」
「いえ、これでいいです……」
「まぁそう気を落とすんじゃないよ。あんたに渡した剣を出してみな」
ばあさんに言われるがまま剣の柄を持って鞘から引き抜く。だが、その剣にはどういうわけか刀身が付いていなかった。
「ちょっと待ってこれ刃がないんだけど」
「どうやら今回ははずれみたいだね」
「はずれ?」
「その剣の名は
「いやおみくじかよ!生死を分ける戦いの時にはずれひいたら死んでも死に切れんわ!っていうか名前ちょっと恥ずかしいんだけど!?」
そのネーミングは中学校の時の俺なら耐えられただろうが、今はかなり抵抗がある。ラッキーはわかるけどスターは一体どこから出てきたんだ。
俺の不満そうな顔をみながらばあさんは続ける。
「そんな顔するんじゃないよ。確かに外れたときのリスクもでかいけど、当たったときの戻りは大きすぎるくらいさ。なんてったって、当たりを引いたときのその剣の攻撃力は圧倒的だ。大通りの武器屋で売ってるどの得物よりも強い剣になる」
「まじで!?これが!?」
ばあさんの言葉に剣をあらためて見てみるがやっぱりそんなに凄い剣には見えない。そもそも刀身が見えていないんだからわかるわけないけど。
「なによりあんたにそれを勧めるのは、その剣が所有者を選ばないってところさ。どれだけレベルが低くてもどれだけ筋力がなくても誰でも使える。それこそ赤子だって振り回せる代物さ。今のあんたにとって喉から手が出るほどほしい武器なんじゃないか?」
確かにばあさんの言うとおりかもしれない。俺が今使える武器は食卓用ナイフのみ。この剣なら運次第で人並みかそれ以上の攻撃力を手にすることが出来る。それこそ、鈴木の持っていたあの一級品の大剣よりも強い武器になりうる。名前はちょっとアレだけど、これで俺も一端の勇者になれるかもしれない……!!
「わかった。この装備と武器を買うよ。いくら?」
「有り金全部だ」
「は?」
困惑する俺に、ばあさんは右手の平を見せて催促してくる。
「こっちも慈善事業でやってるんじゃないんでね。お前が持っている有り金を全部くれるってんなら売ってやるよ」
王様に渡された金は何もしなくても宿屋に一年間は宿泊できるくらいの大金だ。それをここで手放してしまっては俺のこれからの生活がままならなくなってしまう。いくら装備がほしいといったって一文無しになるほどの価値があるかといわれれば素直に頷くことはできない。
「さすがにそれは無理だ。今日の飯も買えなくなる。もう少し安くならないか?」
「駄目だね。少しもまける気はない。うちの装備にはそれだけの価値がある。払わないのならこの話は無しさ。さっさと脱いでとっとと消えな」
ばあさんの気持ちは変わらないようだった。
能力の低い俺に装備できるものが果たしてこの先見つかるかはわからない。さっきばあさんはどこにもないようなことを口走っていたが、果たしてそれが真実かどうか。どうする……?
「待ってくださいおばあさん。私が払いますから、どうか売ってください」
陽ノ守が懐からお金を取り出そうとしていたので慌てて止める。
「待てって陽ノ守、これは明らかにぼったくりだ。ここでしか装備が買えないと思って足元を見てるんだよ。それにたとえ買うとしたってお前が出す必要なんてない」
これはあくまでも俺自身の問題。何よりこんな事態を招いているのは俺自身の弱さによるところが大きい。
それでも陽ノ守は譲らなかった。
「いいえ、必要あります。私に初めてできた仲間の助けになるんですから、どれだけ高くとも今ここで手に入れておくべきです」
「それは……」
初めての仲間という言葉に気持ちが揺れる。陽ノ守はこんな俺でも仲間だと思ってくれているのだ。ここでぐずついて陽ノ守に迷惑をかけることこそ今一番してはいけないことなんじゃないか。
そんな俺達をどこか楽しそうに眺めていたばあさんが突然口を開いた。
「……いいだろう。その装備はただでくれてやってもいい。ただし、条件がある」
「条件?」
俺が聞くと、ばあさんはにんまりといやらしい笑みを浮かべた。
「簡単だよ。その剣を抜いて、当たりを引いたほうが勝ちさ。あんたが勝ったらそのままくれてやる。だがもし負けたら……装備も、お前の金も、そこの娘の金も含めて全て置いていって貰う。いい条件だろう?」
「言い訳あるか!そんなの全然平等じゃ……」
「わかりました。私のお金は佐藤さんに託します」
そう答えたのは陽ノ守だった。お金の入った袋を取り出すとカウンターに無造作に載せる。
「ちょっと待て陽ノ守!?何言ってるのかわかってるのか!?俺だけならまだしも、お前だって一文無しになるんだぞ!?」
「もちろんわかっています。それでも、私は佐藤さんが勝つと信じています」
「何を根拠にそんな……」
陽ノ守の考えていることがわからなかった。どう考えたって分のいい勝負じゃないし、まともな奴ならこんなどことも知らない世界で一文無しになるリスクまで抱えてやることじゃない。完全な運任せ。そもそも本当に運次第なのか?ばあさんが絶対に勝てるように何か仕組んでいるんじゃないか?
考えがまとまる前に、ばあさんは剣を手に持ってしまう。
「……いい決断だ。じゃあ早速勝負といこうじゃないか。悪いが先にやらせてもらうよ」
「待て、まだやるなんて一言も……!!」
待ったをかける時間もなかった。
ばあさんの骨のような手が剣の柄を握る。ぐっと力を込めると、ゆっくり、ゆっくりと、剣が鞘から引き抜かれていく。
俺と陽ノ守、そしてばあさんの目が柄の先だけを見つめる。
じりじりとした嫌な緊張感の中、ばあさんはさらに力を込めて思い切り剣を抜いた。
「……おい、嘘だろ」
まばゆい光がその場に満ちる。ばあさんの抜いた剣の先には、光り輝く刀身が浮かび上がっていた。目を塞ぎたくなるほどの光は粒子となって刀身へと収束していき、仄かに光を帯びた刃となる。上等な武器であることは見ただけでわかった。
「悪いね。どうやら一発で引き当てちまったみたいだよ。へっへっへ」
仕組まれているとしか思えなかった。完全な運任せのはずなのに、一発目で引き当てるなんてやらせとしか考えられない。
俺の疑いの視線に、ばあさんはにたりと笑みを浮かべる。
「これは完全な運だよ。言っておくが小細工なんかしちゃいない。引くか引けないか。それしかないのさ」
「……この剣で当たりを引く確率はどれくらいなんだ?」
「そうさねぇ……まぁ、千回に一回引ければ相当な運の持ち主ってことになるかね」
「千分の一だって!?それを、今の一回で引いたってのか!?」
「引いたからこそ、今こうして刀身が見えているんだろう?今更文句を言うなんて男らしくないよ。さぁ、次はお前の番だ。びびっちまったんなら降りても構いはしない。ただし、装備はおいていってもらうしこの娘の金ももうアタシのもんだ」
確率は千分の一。そんな馬鹿な賭け、普通だったらしない。出来るわけがない。俺はどちらかといえば慎重派だ。賭けをするならまず間違いなく勝てるときにしかしないし、負ける確率が少しでもある賭けならそもそもしない。それでどれだけ痛い目を見てきたことか。どれだけのジュエルや石をガチャに費やし、そして後悔してきたことか。俺はもう無料ガチャしかしないと決めた。決めたはずだったんだ。
ばあさんが剣を鞘に納めて俺の目の前に置く。そして俺の目をじっと見つめて言った。
「いいかい。あんたがこの先死なないために必要なもの、それはどれだけ強い魔物を倒せる攻撃力でも、どんな攻撃でも決して揺るがない防御力でもない。運だ。運が全てを左右する。この世界には生きるか、死ぬか、その二択しかない。そしていずれ選択を迫られる時が必ず訪れる。今のこの状況と一緒さ」
「まるでここで当たりを引けなければ死ぬみたいな言い方だな」
「とんでもない。ここではずれても死にやしない。もしもの話さ。ただ、お前は弱すぎる。外に出てまともにやっていけるかどうかなんてわざわざ口に出していう必要もないだろう?」
食卓用ナイフ一本で生きていけるかと言われれば、当然そんなのは無理だろう。まだ魔物と対峙はしていないが、これだけ身を守る装備や敵と戦うための武器が備えられている時点で甘い世界なわけがない。
おそらくばあさんはそんな俺が生き残るには千分の一を引き出せる運でも持っていないとやっていけないと言いたいのだろう。
どれだけ弱くても俺にだって元の世界に帰りたいという気持ちはある。続きが気になる漫画や小説が山ほどある。今は丁度クールの切れ時、最終回を控えているアニメも盛りだくさんだ。
もちろん命が惜しければ何もしなければいい。でも、せっかく憧れていた異世界に来たんだ。何か出来るのに何もしないで手をこまねいているのだけは嫌だった。
「さぁ、やるのか、やらないのか。どちらにしてもすでに当たりを引いたアタシに負けはない。ただまぁ、このままやるには分が悪いのも理解できる。よし、もしもお前が次に当たりを引けたらあんたの勝ちにしてやるよ。せめてもの情けだ」
明らかな挑発だった。俺にとって有利な条件をちらつかせることで引かないようにさせるのが狙いだろう。
一息ついて、剣の柄を握りしめる。どのみち後には引けない。すでに陽ノ守のお金がばあさんに渡ってしまっている。今更お願いしても返してくれることはないだろうし、ここで引き下がることは信じてくれた陽ノ守に対する裏切りでしかない。陽ノ守にとっての初めての仲間が俺だったように、俺にとっての初めての中も陽ノ守だ。そんな仲間をこんなところで早々に裏切るわけにはいかない。
「佐藤さん……」
心配そうに見つめてくる陽ノ守に頷いて答える。ばあさんは結果がわかっているかのようにニヤニヤと笑っていた。
やるしかない……!やるしかないんだ……!来い、俺の隠された力よ……!十八年間溜めに溜めまくった
「じれったい男だね。さっさとおしよ」
ばあさんの手が俺の右手を掴んで強引に剣を抜かせようとする!
「ちょ、ま、何してんだババアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
待って!まだ心の準備が出来てないのに!
だが俺の意思とは裏腹にずるずると柄がスライドしていく!
見ていられずに目を閉じた瞬間、すっぽりと剣が抜けた感触だけが腕から伝わってきた。
一瞬の静寂の後。声をあげたのは陽ノ守だった。
「さ、佐藤さん!!見てください、凄いですよ!!」
「え?」
陽ノ守の声に目をゆっくりと開くと、俺の右手には光り輝く刀身の剣が握られていた。
まじか!?俺、千分の一の確率を引き当てたのか!?SSR十枚連続で引き当てるくらい運いいんじゃないの!?
そんな俺を祝福するかのように、どこか暖かみのある光が刀から発せられていた。
「どうやらこの剣もあんたを選んだみたいだね。いいさ、約束だ。剣も装備も好きにしな。金もほれ、ちゃんと返したからね」
そう言ってばあさんは陽ノ守のお金をそっくり返してくれた。もっと粘ってくるかと思っていたのにやけにあっさりとした態度に拍子抜けしていると、ばあさんはここに来たときと同じように鬱陶しそうにしっしっと手を振った。
「用が済んだ客にいつまでもここにいられても迷惑だ。さっさと行きな」
「本当にいいのか?」
タダより安いものはないがタダより信用できないものもない。疑る俺に面倒くさそうな視線を投げてばあさんは言う。
「勘違いするんじゃないよ。アタシが吹っかけた勝負でアタシが負けた。それだけのことさ。うちの装備をタダでやったんだ。簡単に死ぬんじゃないよ」
「……ありがとう、ばあさん」
それだけ言い残して、俺達はばあさんの店を後にした。
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