第6話 装備を調達せよー武器編ー
「待ってください佐藤さん!」
防具屋を出て数メートル程度走ったところで陽ノ守に捕まった。走ったという割には防具屋から全くといっていいほど離れていない。陽ノ守の足が速すぎるのか、俺の足が遅すぎるのか。間違いなく後者だろう。
こんなところでも能力の差を見せ付けられて軽くへこむ。振り払って逃げようにもこれまた掴まれた腕がびくともしないのでもはや俺にはどうすることもできなかった。
「離してくれ陽ノ守……!ちょっと夜風に当たりたい気分なんだ……!」
「今はまだ朝ですよ!しっかりしてください!」
「でも……だって……くぅっ……」
陽ノ守の言葉に抵抗をやめて肩を落とす。
確かに俺の能力値は低い。圧倒的に低い。けど!だけんども!一生に一度はフルプレートの鎧を着てみたかった。いや、この際フルプレートじゃなくてもいい。一端の剣士っぽい格好さえ出来ればよかった。それができないならせめて制服以外を……!制服以外を装備してみたかった……!
だが、防具がないというのは思った以上に深刻な状況である。なんせ俺は人一倍能力値が低い。となれば装備するだけで能力値を上げられる防具は必須といっても過言ではないというかむしろ生命線のはずなのだが、それすらも装備できないとなるともうどうしていいかわからない。さすがに学生服のまま戦場に出たら間違いなく浮く。周りも学生服だったはずの高校生活でさえ浮いていたのだ。その浮きっぷりは相当なものになるだろう。
そんなことを考えてさらに落ち込んでいると、俺の右手がふんわりとあたたかなものに包まれる。見れば陽ノ守の両手が俺の手を包み込んでいた。驚く俺に、陽ノ守が笑顔で言う。
「大丈夫ですよ佐藤さん。この街は広いようですから、佐藤さんに合う防具屋さんもきっとあります。それに、もしなかったとしても、私が佐藤さんを守ります。だから安心してください。ね?」
ひ、陽ノ守さん……!!
本来なら今すぐに見捨てられても文句を言えない状況だというのに、陽ノ守は逃げるどころか俺の弱さを真正面から受け止めようとしてくれている。ほ、惚れてまうやろおおおおおおおおおおおおおおおお!!
陽ノ守の優しさに涙が溢れそうになるのをすんでのところでこらえ、俺は前を向く。
「ごめん陽ノ守、俺、ちょっと弱気になってたみたいだ。そうだよな、こんなに広い街なんだ。防具屋なんてそれこそ腐るほどあるよな!」
「そうです佐藤さん!その息です!」
「そうと決まれば落ち込んでなんていられない!とりあえず俺の防具はあとで探すとして、武器屋へいこう!」
そうして俺達はすぐ近くにあった武器屋へと足を運んだ。
―――
「兄ちゃんの能力値で装備できる武器はないね」
ややあって俺の武器を選ぶという段階で武器屋の店主はそう無慈悲に告げた。
「ちょっと待ってくださいよ!これだけの武器がある中で何一つないっていうんですか!?そんなわけないでしょう!!」
当然納得できない俺は抗議の声をあげるがそれでも店主は首を横に振る。さすがに防具屋に引き続き二連敗するわけにはいかない。武器すらないなんてもはや冒険に出る資格がないといわれているようなものだ。
「じゃ、じゃあこの店で一番レベルの低い武器を見せてください!」
店主は少しだけ面倒そうな顔をしたが、すぐに見繕って持ってきてくれた。
ごとんと机の上に置かれたのは短剣。刃の長さが極端に短く軽そうなものだった。とても魔物を相手にできるようなものではない気がするが、ともかく手にとって見て愕然とする。
「重いっ!!」
まるで十キロのダンベルを持ったときのような感じだった。持ち上げるのすら精一杯なのに、それを振り回すなんてこととてもじゃないができそうにない。というか振り回したら間違いなく俺の手首のほうがやられる。下手したら折れるわ。
「それが俺の店で出せる一番レベルの低い武器だ。普通なら子供でも扱えるはずの代物なんだがそれすらも扱えないとなると……兄ちゃん、ほんとに大人か?」
「………………」
もはや何も言えなかった。
「お待たせしました……って、あの、どうしましたか?」
ぱたぱたと走ってきた陽ノ守の手にはさっき選んだ魔法師の剣が握られていた。
剣は剣でも魔法力を飛躍的に高める効果のある剣で、杖には一歩劣るが魔法も使えて近接武器としても普通に使えるという点が選んだ理由だ。攻撃力も人並み以上にある陽ノ守であれば護身用の得物として十分に使いこなすことが出来るだろうし、腰に差していれば剣士装備も相まってすぐに魔法師だと気付かれることはないだろう。
今の陽ノ守はさしずめ魔法剣士といったところだった。
それに比べて俺ときたら……!!
「あぁそうだ、兄ちゃんにも装備できそうな武器が一つだけあったかもしれない」
「ほ、本当ですか!?見せてください!!」
防具も装備できずさらに武器も使えないとなるとほんと何しにここにいるのかわからなくなってしまう俺は、藁をも掴む思いで店長に詰め寄った。
店長が懐をごそごそと漁り、出てきたものを見て俺は声をあげる。
「これは……!!」
銀色に輝く刀身。ギザギザの刃先は切られれば肉が削げること間違いなし。握るとみょうにしっくりくるところも評価が高い。小型で軽量、どこの家庭にもあるその刃物を前に俺は叫んだ。
「ナイフじゃねーか!!」
明らかにステーキ等を切るときに使う食卓用ナイフだった。よく研磨されていて切れ味がいいのは疑いようがないが、違う、そうじゃない。
「ナイフも立派な武器になる。心臓を突き刺せば絶命させられるし、目を突き刺せば失明させることも出来る。おまけに肉も切れる優れものだ」
「おまけが主な使い道だからっ!!」
確かに人間相手になら通用するかもしれないが、獰猛な魔物だったらわけが違う。とてもナイフ一本で太刀打ちできるとは思えない。俺の能力値はもはや語るべくもないので、ナイフ一本で戦いに挑むことはもはや自殺行為に等しいだろう。
諦めきれず、俺は矢継ぎ早に質問を繰り返す。
「じゃあ弓矢は!?」
「弦が引けないだろうな」
「槍は!?」
「木の棒ならなんとか」
「ブーメラン!!」
「紙製ならいけるんじゃないか?」
その他にも思いつく限りの武器名前を挙げてみるが、初めに店長が言ったとおり俺に使えそうな武器は何もないようだった。それこそ進められたナイフが一番強そうなくらい。
がっくりと肩を落とす俺に、店長は申し訳無さそうに言った。
「ナイフ以外で兄ちゃんが装備できる武器はうちには置いてないよ。悪いが他をあたってくれ」
―――
街の中心にある噴水広場のベンチに腰掛けて俺は一人項垂れていた。
未だに学生服を着ているため、道行く人のいい見世物になっているのは理解しているが、陽ノ守がちょっと待っててくださいと言い残して何かを買いに行ってしまったので下手に動くこともできず、俺はただ俯いていることしか出来ない。
ちなみに武器屋が進めてくれたナイフは一応購入して上着の内ポケットにしまってある。ないよりはあったほうがマシくらいにしか考えていないが果たして使用する時は来るのだろうか。飯を食べるときの方がよほど出番が多そうだ。
そんな時、見知った声が俺にかけられた。
「おいおい、誰かと思えば勇者じゃねえか。どうしたんだよこんなところで制服なんか着て」
「鈴木……!!」
声がした方を見てみれば、鈴木グループの面々がこちらに歩いてくるところだった。どうやら全員装備を整え終わったらしく、各々立派な装備に身を包んでいる。正直今一番会いたくなかった奴らなのは間違いない。
中でも鈴木はその高い能力値に見合った装備を見繕ってもらったらしく、フルプレートに近い騎士風の装備にごつい大剣を引っさげていた。実に勇者っぽい格好だ。
防御力ゼロの制服に食卓用のナイフ一本しか持っていない俺とはまさに雲泥の差であることは言うまでもない。
「装備はどうしたんだ?まさか、能力が低すぎて買えなかったなんてことはないよな?」
にやにやといやらしい笑みを浮かべてそう聞いてくる鈴木。おそらく素で聞いているのだろうが嫌味にしか聞こえない。しかもあたっているから尚更たちが悪い。
「気にいった装備がなかっただけだ。お前は随分と高そうな装備を選んだみたいだけど、こういうのは高けりゃいいってもんじゃないんだぞ」
言われっぱなしも悔しいのでこちらも嫌味で返そうとするが、鈴木は気づいた様子もなくむしろ両手を広げて装備を見せびらかしてくる。
「よくわかんねぇから店員に聞いたら、俺の能力に見合う装備はこれしかないって言うもんだから仕方なくこれにしたんだ。武器もそうだったな。これ以上レベルの高い装備はあの店にはないんだとさ。まったく、しけてるよなぁ」
鈴木がぬらりと剣を鞘から抜き出すと、剣は陽光を反射してきらきらと輝きを見せた。どう見ても一級品であることは間違いない。
それを見て俺は自然と拳を握りしめていた。恨めしい……!能力値に恵まれたこの男が心底恨めしい……!
「ところで陽ノ守はどこにいったんだ?お前があまりにも情け無いからもう愛想つかされたのか?」
「違う、ちょっと買い物に行ってるだけだ」
「本当かよ?まぁ、まともに装備も買えない奴の側にいたところで何の得もないって気付けばあいつもすぐに俺たちのとこに来るだろうさ。陽ノ守に言っといてくれよ。俺達はいつでもウェルカムだからってよ。それまでせいぜい足引っ張んなよ勇者君!」
鈴木の軽口にグループメンバー達も同調して笑いながら、大通りをぞろぞろと歩いて行った。おそらくこれからギルドへ行って依頼を受けるのだろう。
「いい知らせですよ佐藤さん!あっちに装備を売ってるお店があったんです!」
鈴木たちが歩いていった方角とは逆の方から陽ノ守がかけてきた。どうやら買い物というのは建前で、あっちこっち駆け回って装備が売ってる店を探してくれていたのだろう。足の遅い俺を気遣ってくれたのかもしれないが、その優しさが今は痛い。さっきの鈴木の言葉が蘇ってきて、俺の口は自然と言葉を紡いでいた。
「なぁ陽ノ守。お前さえよければ鈴木のところに行っても構わないんだぞ」
「どういうことですか?」
「陽ノ守は能力もずば抜けて高いし、装備も整ってる。今すぐに鈴木を追いかければ依頼に参加できるんだ。装備すらまだまともに揃っていない俺に付き合ってたら時間の無駄でしかない」
陽ノ守は妹と弟の元へ帰るためにすぐにでも魔王を倒しに行きたいはずだ。こんなことを悠長にしている時間はないだろう。
だが、陽ノ守は有無を言わさずに俺の手を取って歩き出してしまう。
「おい陽ノ守?」
「そういうことでしたら、佐藤さんが気にすることは何もありませんよ。私は好きでこうしているんですから」
好きでこうしている……!?ま、まままさか、それって……!?
俺の心境を知ってか知らずか、陽ノ守は小悪魔風にふふっと笑いながら俺を見た。
「佐藤さんは、なんというか、私の弟に似てるんです。だから放っておけないのかもしれません」
いやわかってたけどね!!そんなわかりやすい展開なんてあるわけないことくらい!!会って間もない美少女に好意を寄せられるなんて漫画の世界にしかないってことくらいわかってたけどね!!
「あ、あのだからといって別に年下に見ているとか、そういうことではないですからね!ただ、佐藤さんと話していると弟と話しているような気持ちになってしまうといいますか……!!だから、話しやすいといいますか……!!」
必死に言い訳する陽ノ守を暖かい目で見つめながら、俺は歩を進めた。
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