第3話 勇者じゃない

 俺達の意志が固まったことに王様は満足そうに頷く。


「お前達の心意気に深く感謝する。この世界の創造神たる女神ユリアナ様も心から喜んでおられるだろう。ではまず初めに、お前達の能力を明らかにするところから始めよう」


 王様が手に持っていた杖で床を叩くと、奥の扉から水晶玉を持った給仕が現れる。水晶玉を受け取ると、王様は俺たちに良く見えるように掲げた。

 水晶という割にはやたら濁っており、煙のようなものがもうもうと渦を巻くように漂っている。ちょっと胡散臭いがまぁ見たことのない展開というわけでもない。


「この水晶に触れると、触れた者の能力が浮き上がるようになっておる。どれ、手始めに試してみたいと思う者はおらぬか」


 王様がそう言うなりなぜかみんなの視線が俺に一斉に集まる。

 え、いやなんでみんな俺を見てるの?

 鈴木がにんまりと笑って俺の肩を叩く。


「こういうときこそ真の勇者の出番なんじゃねぇか?なぁ佐藤」


「何を言ってるんだ鈴木。わかったぞ、お前俺を実験台にして安全かどうか確かめる気だな!?」


 もちろん能力を確かめるなんてイベントに心躍らないわけがないしむしろ望むところだ。それこそ冒険を始めるに当たって一番の見せ場といっても過言じゃない。

 でも俺はどちらかといえば慎重派だ。ゲームは絶対に説明書を熟読してから始めるタイプだ。あの水晶に触れることによって何が起きるかは一応見ておきたいというのが正直なところだ。

 それに何より、とんでもないステータスが表示されれば場が沸くこと請け合いだが、逆に大したことなかった場合の残念な空気になるのは御免被りたい。第一被験者は誰よりも注目されるから尚更に。

 

 そんな俺の心を見透かしたように、まぁまぁといさめてから鈴木は言う。


「何言ってんだよ佐藤。お前の隠された力、今ここで見せないでいつ見せるって言うんだ」


「何、だと?」


「知ってるぜ、俺は。お前、俺たちとはちょっと違うなって思ってたんだよ。普通の世界じゃなくて、もっと別のどこかで生きてるみたいな……なんか特別なモノを持ってるっていうかさ。うまく言えねぇけど、とにかくすげぇ奴だなっていつも思ってた。からかってたのも、本当は羨ましかったからなのかもしれないな」


「す、鈴木……」


 鈴木の言葉に胸がきゅんと疼く。

 こいつ、いっつも俺を馬鹿にしてくるくせにこんなこと思ってたのか。いや、違うな。俺が勝手に鈴木をいやな奴だと決め付けて、遠ざけていただけだったのかもしれない。

 鬱陶しく絡んでくるのだって、もしかしたら照れていたのを隠したかったからなんじゃないか。そう思うと、毛嫌いしていた自分がやけに小さな人間に思えてきてしまう。


「だから、こんなときぐらいはお前に華をもたせてやりてぇって、そう思ったんだよ。お前みたいにすげぇやつが埋もれてるのをこれ以上見ていられねぇ。だから頼むよ、佐藤……いや、清之介。俺に、みんなに、お前のすげぇところを見せてくれ」


 そして鈴木は右手の拳をぐっと突き出してくる。その拳を見て、俺も同じように拳を突き出した。ごつっと鈍い音がして、俺と鈴木は笑い合う。


「……俺はお前を勘違いしてたみたいだぜ鈴木。お前は俺の事嫌いなんだとずっと思ってたし、俺も嫌いだった。だからそんな風に思ってるなんて思わなかった。わかったよ鈴木……いや、誠一郎。お前の気持ち、確かに受け取ったぜ」


 へへっともう一度笑いあって、俺は王様の下へ向かう。

 俺の背に向けて鈴木が拍手を送ると、自然と他の皆も手を叩いて送り出してくれた。まるで勇者の凱旋。俺は今、誰よりも勇者している。


「お前が最初でよいのだな」


 王様の問いに頷いて答える。


「はい。俺の名前は佐藤清之介。友の為……人生一番の大勝負、はらせていただきます。俺が……勇者だ!!」


 水晶に手をかざすと中を漂っていた煙が俺の手に吸い付くように集まってきて、ぼうっと淡い光を放つ。


「あっつ!?」

 

 しばらく手を置いていると、水晶が突然カッと熱くなって俺は反射的に手を引いてしまっていた。驚いて手の平を見てみると、知らない言語でなにやら呪文のようなものが一行書きこまれている。そして水晶の方にも似たような文字が浮かび上がっていた。

 それを見た王様が驚きに目を見開き、声を荒げる。


「な、な、なんじゃと!?こんな……こんなこと、ありえん!!」


 王様の反応に、後ろに控えている兵士達を初め、後ろで見守っているみんなからもざわめきが起きる。

 未だかつて感じたことのない高揚感が俺を襲う!


 もしかして俺……やっちゃいました?驚くべき能力……見せちゃいました!?

 来たな、時代が!!俺の時代が!!!!

 いや違う。これは当然の結果なんだ。俺は他人とは違うとずっと思っていた。見ているもの、感じているもの、全部が特別だった。そしてその感覚は間違っていなかった!その結果がこれなんだから!

 あまりにも驚くべき能力だったのか、王様が神官っぽい格好の人に声をかけて確認させている。


 俺は確かな実感を感じて拳をぐっと握り締める。振り返り、誠一郎に向けてその拳を突き出す。


「見たか誠一郎!!これが俺の力だ!!」


 誠一郎はわかっていたとでも言うかのように頷いて返してくれた。

 苦節十八年、勇者勇者と馬鹿にされ、枕を涙で濡らした日々が脳裏によぎる。どれだけ馬鹿にされても、親に叱られても、俺には特別な力があるんじゃないかと信じ続け、そしてついにそれを証明することが出来たんだ。あまりの感動に涙がちょちょぎれそうな思いだった。


「いや、驚いたぞ佐藤とやら。まさか勇者として召喚された身でこの程度の力しか持っていないとは」


「そうでしょうそうでしょう。もっと言ってくれてもいいですよ。何せ俺は昔から勇者と呼ばれ続け…………は?」


「お前達にもわかりやすいように数値化してやった。これを見るがいい」


 神官から手渡された紙にはこう書いてあった。


佐藤清之介(さとうきよのすけ)

レベル1

H  P・・・113(300)

M  P・・・0(100)

攻撃力・・・29(50)

防御力・・・21(50)

素早さ・・・48(50)

魔法力・・・0(20)


「これは高いんですか、低いんですか」


「右にかっこ書きしてあるのがお前と同じ年齢の平均的な数値だ」


 なるほど、左のが俺で右に描いてあるのが一般的な数値ね。

 再度俺のステータスを見直して愕然とする。え、俺の能力、低すぎない?


「平均よりもかなり劣っておる。魔法力に関しては才能がまるでない。勇者であれば、もっと高いのが当たり前なんだが……」


「ブフーッ!!」


 背後で誰かが噴き出すのが聞こえた。見れば鈴木が蹲って肩を震わせている。


「俺が勇者だとか言ってたくせに……!!ぶふ、平均以下……!!あは、あははははははははははは!!これが俺の力だとか大見得切ってたわりに……平均以下……!!これが笑わずにいられるかっての……!!」


 鈴木の笑い声は回りに伝播し、ところどころから笑い声が聞こえ始める。兵士達ですら笑いをこらえようともせずに大爆笑していた。


「や、やめろぉっ!!笑うなっ!!笑うんじゃないっ!!これは何かの間違いだ!再審を要求するっ!」


 だがもう一度水晶に手をかざしてみても結果は変わらなかった。

 それを見てまた鈴木が爆笑する。この野郎、最初っからこうなることがわかってたからこうしたんじゃないだろうな……!!さっきのやりとりも思い返せば臭い演技にしか思えなかった。っていうか今のこの爆笑具合を見れば嘘だったなんて一目瞭然じゃないか。許さねぇ……!!許さねぇぞ鈴木ぃ……!!


「こんな……こんなことって……」


 絶望に包まれる俺に、王様がどこか同情的に告げる。


「まぁなんだ。お前は勇者ではない……のかもしれんな。ただ、人は成長する。これから飛躍的に伸びることもある……かもしれんよ?」


「そんな慰めの言葉いるかああああああああああああああああああ!!!!!!」


 俺の叫び声が部屋にこだまする。さすがに不憫に思ったのか兵士達に咎められることはなかった。というか笑いすぎてそれどころではないようだ。

 すると突然肩を掴まれ、がっと後ろに下がらせられる。


「いやはや傑作だったな。まぁお前のおかげでこの水晶が危険なものじゃねぇってのがわかったし、平均以下のお前にしてはよくやったんじゃないか。なぁ勇者?」


「鈴木ぃ……!!計ったなぁ……!!」

 

 やっぱりそうだったか……!!

 飛び掛ろうとしたが兵士に羽交い絞めにされて元の場所に戻される。びくともしなかったのはやはり俺の能力値が滅茶苦茶低いからなのだろうか。


「次は俺の番だ」


 鈴木が水晶に手をかざすと俺の時と同じようにぼやっと文字が浮かび上がり、神官が紙に数値を書き記す。


鈴木誠一郎(すずきせいいちろう)

レベル1

H  P・・・3192(300)

M  P・・・1555(100)

攻撃力・・・819(50)

防御力・・・587(50)

素早さ・・・501(50)

魔法力・・・316(20)


「おぉ、これは素晴らしい能力値だ!!まさに勇者と呼ぶに相応しい!!研鑽を積めば魔王ともまともに戦うことが出来るだろう!!」


 鈴木の能力に王様と兵士達から喚起の声が上がる。

 おいおいどういうことなんだこれは。どうして俺がこんなに低くて鈴木があんなに高いんだ。一体何が違うって言うんだ。確かに俺はあまり運動は得意なほうじゃないが、かといって音痴というわけでもない。平均的なはず。知力については言わずもがな。なのにこれだけの開きがあるのはなぜなんだ……!?俺をたばかった嫌な奴だからこそ尚更賞賛されていることが腹立たしい……!!


「ま、俺にかかればこんなもんだな。どこにでもいるだろ?天才って奴はよぉ、なぁ勇者君?」


「ぐおおおおおおおおお……うおおおおおおおおおおおおおお……!!」


 俺のすぐ近くまで寄ってきてぽんぽんと肩を叩く鈴木。ちょっと叩かれただけなのにやけに痛い。骨身にしみる。悔しいが圧倒的な差を見せ付けられた今俺に言い返せることは何もなかった。


 俺と鈴木の能力判断で水晶が安全なものだとわかった皆は次々と能力値を計測していった。

 言わずもがな、みんなの能力値は平均的な能力の遥か上。ちなみに平均以下を取ったのは俺だけだった。

 どうして……?ねぇどうしてなの……?

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