第36話 ビワイチ・雷雲(後)

 琵琶湖の水は、海のように流れないので、何となく生ぬるかった。足先に藻がからみつくのが、ちょっと気持ち悪い。クラゲがいないだけマシか。陽子は、去年の梅雨明けの頃、あの青年を亜弓が連れてきた日のことを思い返していた。

 亜弓が関西で何度か転職した末に、鎌倉に行ってから会っていなかったが、母さんの墓参りをしばらくしてないから、今度帰るねとLINEがきた。川端康成の菩提寺でもある公園墓地は、あべのハルカスや関西国際空港手前のりんくうゲートタワービルまで見晴らせる、小高い山の上にある。じゃあ、久しぶりに会いたいから、わたしも一緒に行くよと伝えて、陽子は茨木市駅からの送迎バスに乗った。

 途中に私立の進学校があるが、急な坂道なので、通学の高校生やハイカー以外は車で訪れるのが普通である。駐車場に、銀色に輝く鋭いシルエットの大型オートバイが停まっており、珍しいなと思っていたら、亜弓が東京の彼氏に乗せてもらってきたというので、びっくりした。陽子よりも数センチ背が高く、肩幅の広い、がっちりした体格である。後で聞いたら、部活で柔道とアーチェリーをしていたという。肌は白く、顔つきはまだあどけなさも残っている。歳は、多分亜弓より結構下だ。

「いやー、夜の間に東名を普通に走って、朝早く着き過ぎちゃったんで、駅前のネカフェで時間つぶしてました」

 言葉遣いは、それほど悪くはないが、何をしてる人なんだろう。男性に臆病な亜弓が、自分から体をくっつけているので、信頼はしているのだろう。彼は、照れているのか、陽子と目を合わせないし、どことなく危うげな陰がある。結局、陽子が彼に会ったのは、その一度だけだった。何となく不安はよぎったが、亜弓ももう、いい歳した大人だし、あれこれ詮索するのは野暮だろう。その時はそう思った。でも、あれから二ヶ月後に、彼が原因で亜弓が入院することになるとは。

 亜弓は小学校の頃からスイミングスクールに通っていたこともあり、泳ぎは得意である。湖水は海より浮きにくいのかもしれないが、大きく息を吸って空を見上げて脱力すれば、いつまでも水面に漂っていられる。可視光線透過率二十パーセントのアイウェアを外した世界は、とっても明るく色彩豊かで、空は薄く翳ってきたけれど、体にこもった熱が溶け出して、湖が吸い取ってくれる気がする。代わりに、ひんやりして滑らかな、あの日、目を輝かせてアイスクリームを食べた時みたいな、体中の乾いた細胞を満たしてくれるようなエネルギーが流れ込んでくる。

 そうだ、あの日もアイス食べたんだっけ。大学四年の夏、就活がさっぱりうまくいかず、何かの足しになればと思って、保護観察所がやっている、BBS活動に登録した。もともとはアメリカで始まった、Big Brothers and Sisters Movementであり、少年少女たちの兄や姉のような存在として、一緒に悩み、一緒に学び、一緒に楽しむボランティア活動である。

 最初に思っていたほど、こちらを必要としている少年がたくさんいるわけでもなく、亜弓がともだち活動として担当したのは、当時高校二年生の彼一人だけだった。家庭環境はある程度事前情報をもらえたが、何をして捕まったとか、互いの連絡先などは絶対に聞いてはいけない決まりだった。

 彼は最初のうちは、ほとんど何もしゃべってくれなかった。事前の研修で、しゃべらない子に無理に話をさせてはいけない、みんなそれぞれ傷ついていたり、生きづらさを抱えたまま、自分から助けを求めることもできずに心を閉ざしてしまっているのだから、こちらができることは、偏見や先入観を持たずに、隣家の弟、妹と思って、あくまで自然な態度で接すること、信頼関係ができるまでは、きれいごとの説教などしようとせずに、どんなつまらないと思えることでも、相手の話を否定せずに聞いてやることだと教わった。

 面と向かい合っていても、やっぱり彼はほとんど話さなかった。けれど、BBSの行事で彦根城に行って、ひこにゃんと写真を撮り、そのまま歩いて水泳場に行って、ビーチバレーをしたり、泳ぐというほど泳いではいないが、みんなで湖に浸かったんだ。その後、南彦根駅前にあるビバシティに行って、アイスを食べた。一番人気のポッピングシャワーをなめながら、彼は初めて笑顔を見せた。

「武智さん、琵琶湖サーティワンってゲーム、知らないですよね。おれ、ほとんど負けたことないんすよ。え?、いやー、バイクの話なんで、武智さんに言っても分からないでしょ。でもおれ、このアイス、好きなんです。親に初めて連れて行ってもらった時に、確かこれ食って、懐かしいっていうか」

 懐かしい・・・そうだ。この水泳場も、あの子と一緒に来たんだ。

「思い出した。何で忘れてたんだろう。祐二くん、今頃どうしてるかな」

           *

 大津北署の取り調べが済み、今後呼出が在れば必ず出頭しますという誓約書に署名と指印を押した音塚閃太郎は、このままハチケンが待つ米プラザに手ぶらで戻るのも気まずくて、ハヤブサのエンジンを始動させたまま、遠くを見やった。

 琵琶湖大橋の西端に、太陽のマークを掲げたイズミヤが見える。そうだ、あの一階のフードコート。あそこで、あいつとアイスを食ったんだ。一緒に高校をさぼって、琵琶湖にツーリングに来た時。あの頃おれ達が入ったチームで流行っていたゲーム、琵琶湖サーティワン。北湖百五十キロをサーティミニッツとワンアワーで一周する。時計は見ず、信号は守る。米プラザにゴールして、三十分と一時間に近かった方が勝ち。負けた奴はサーティワンのアイスをおごるという、たわいない、子どもの遊びだった。

 おれがあいつに勝ったのは、高校二年の夏、あの時だけだった。先に選ばせてやったら、あいつは嬉しそうに、ポッピングシャワーとストロベリーのダブルにしたっけ。おれは、色がかぶるのが嫌なのと、ダブルなんてかっこ悪いと思ったから、本当は好きでもないコーヒー味のワッフルコーンシングルにした。後で、やっぱりチョコが良かったなと、後悔したんだ。

 勉強は全然できなかったし、将来のことなんて何も考えちゃいなかった。公園にたむろして、タバコふかしながら、単車の改造と女の話題だけで、夜はあっという間に過ぎた。保護観察は切れたのかと尋ねたら、家庭環境が不安定だから、一年間は切ってもらえないけど、女子大生のボランティアが付いて、遊び相手になってくれるから楽しいぜってニヤニヤしていた。

 ネットやゲームの世界に逃げ込む奴なんて、リアルの風が分からない、かわいそうな連中だよなって、強がってた。右手首でアクセルをひねりさえすれば、嫌な時間も、嫌な場所も、嫌な奴らもみんな、置き去りにできる。エンジンの力強いビートが、立ちはだかるどんな壁も崩してくれる、そう思ってた。あの頃は、現実なんて知らなくても生きていけたあの頃は、楽しかったよな・・・

 閃太郎は、ハヤブサのエンジンを切って、イズミヤに歩き出した。遠くで雷鳴が聞こえる。夕立がくるかも知れない。もうサーティーワンに行くことなど二度とないだろうと思っていたけれど。

「ハチケンさん、アイスなんて食うのかな。ポッピングシャワー持って行ったら、多分怒りはしないよな。なあ、祐二」

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