第79話 Last game(最終戦)

 LAエンジェリーズと東京Loosersの最終戦は、大方の予想をくつがえす展開となった。

 Loosers先発の小田が、豪打のエンジェリーズ打線を気合いのピッチングで3回パーフェクトに抑え込むと、4回からは本来先発投手である秋田にスイッチ。

 秋田はエンジンのかかって来たエンジェリーズ打線にランナーを許すものの、守備陣の好守にも助けられ、粘りのピッチングでピンチを防ぎ切る。

 対するエンジェリーズ投手陣も、細かい継投でLoosersのチャンスを潰し、試合は総力戦の様相を呈してきた。

 粘りの投球を見せた秋田の後を引き継いで、7回を中継ぎエースの渡辺、8回を本来のリリーフエースである藤田でしのいだLoosersだったが、勝てば優勝のエンジェリーズもそう簡単に点を与えない。

 8回の裏のLoosersの攻撃は、一番からの好打順だったが簡単にツーアウトを奪われてしまった。


 この日三番に入ったキャッチャーの小島は明らかに気負い過ぎている。

 これまでの打席では、目を血走らせてホームベースに被さる様に上体を突っ込んで、不格好なスイングで空振りの山を築いていた。


「小島さん、ファイトォ!!」


 声を枯らして応援するベンチの声も耳に入らない位、提携話の失敗に責任を感じているのだろう。 

 小島のせいではないのだが、自分が持ち込んだ話とあれば本人からすれば気にせざるを得ない。

 その小島の悲壮ひそうな決意が土壇場どたんばで花開いた。


『デッドボール!!』


 痛みに反射的に顔をしかめた小島は、すぐにベンチに向かって小さくガッツポーズして一塁に向かう。


「いよっしゃぁあああ!松本頼むぞーー!!!」


 Loosersファンとベンチの声援を受けて四番の松本が打席に向かった所でエンジェリーズの監督がベンチから出て来て投手の交代を告げた。


『エンジェリーズ、選手の交代をお知らせします、ピッチャー、コルディ・オレンに代わりまして、アルディリス・チョップマン、背番号54』


 無機質な声のアナウンスに、東京ドームに詰め掛けたエンジェリーズファンから安堵の歓声が巻き起こる。

 『ザ・ロケット』の異名を持つ世界最速左腕は、緊急補強でエンジェリーズに移籍して終盤の追い上げを支えた絶対的な守護神だ。


 松本が、チラッとLoosersベンチを目を向ける。

 監督のサインは『打て』だ。

 決して足の速くない小島だが、もう代走に使える選手は残っていないし、松本も器用な小技が出来るタイプではない。

 松本はサインを確認すると、大きく2度素振りをしてバッターボックスに入った。


 ガムを噛んで緊張を和らげながらセットポジションに入ったチョップマンの腕から、ロケットさながらの剛速球が放たれる。


「ストライッ!」


 外角一杯に決まった速球に松本は手が出ない。

 不敵な表情を浮かべながらガムを噛むチョップマンは、再びセットポジションから第二球を投じた。

 

「!!」


 球場中が固唾かたずを飲んで見守った縦のスライダーが低めに大きく落ち、地面に叩きつけられたボールは飛びついて捕球しようとしたキャッチャーのグラブをかすめてバックネットに転がった。


「小島さんっ!」


 猛然とダッシュを掛けた小島が二塁の手前で打球の行方を確認すると、キャッチャーのグラブに掠めたのが功を奏したのか、力なくバックネットに当たった球は跳ね返りが弱い。


「行けーーっ!!」


 ベンチからの指示にも背中を押されて二塁を廻った小島は、精一杯の加速で三塁に向かってスライディングを掛け、ボールを処理したキャッチャーからは矢の様な送球が放たれた。


(頼む!セーフと言ってくれ!!)


 手を合わせて拝むLoosersベンチに神様が微笑む。


『セーフ!!』


 塁審のジェスチャーに盛り上がるLoosersベンチと対照的に、チョップマンは失投にイラだちを隠せない。

 松本が、再度ベンチに視線を向けてきた。

 ランナーは三塁だが、ツーアウトなのでスクイズはない。

 打者が俊足の選手ならセーフティースクイズもあるが、鈍足の松本ではLoosersの選手の中では最もその成功率が低いだろう。

 松本は『打て』のサインを確認し、サードランナーの小島と視線を合わせると、ピッチャーの方を睨みつけた。

 チョップマンの方も松本の鈍足とアウトカウントは理解しているのだろう、気持ちを落ち着かせるためか普段はやらないワインドアップを、わざと大きくゆっくりと振りかぶって第三球を投じた。


『ストライッ!!』


 胸元のストレートを豪快なスイングで空振りし、ツーストライク・ワンボールに追い込まれた松本を見て、チョップマンは安心した様に大きく息を吐いた。


「松本ーーーー!!!」


 祈りにも似た声援が降り注ぐ中、キャッチャーからの返球を受けてロジンバッグを手にする為に目線を切ったチョップマンに、エンジェリーズのサードコーチからの悲鳴のような声が届いた。

 異変に気付いて慌てて顔を上げたチョップマンの視界に、般若はんにゃの様な形相ぎょうそうで本塁に突入してくる小島と、それまでキャッチャーの視界を遮っていた松本がひらりと身をかわすのが映る。

 慌ててキャッチャーに返球したボールが高く浮くのをくぐるように小島が滑り込んできた。


『セェーーフッ!!』


 起死回生のホームスチールの成功だ。

 松本とハイタッチをした小島が飛び上がりながらベンチに戻り手荒な祝福を受けていると、チョップマンの怒りのストレートの前に三振に倒れた松本もベンチに戻って来る。

 殊勲しゅくんのホームスチールのアシストをした松本にも手荒い祝福が送られ、監督が呆れたように声を掛けた。


「お前たちいつの間にあんなサイン交わしたんだ?」

「アイコンタクトですよ、アイコンタクト! 若いのばっかに活躍させてたまるもんですか!ねぇ、松本さん!!」

「あぁ」


 照れた様に右手を上げた松本が俺にげきを入れる。


「佐々木、次はお前の番だぞ、1点で済まんが…」

「1点あれば充分ですよ!」


 俺は東京ドームのスコアボードを睨みつけた。

 9回のエンジェリーズの攻撃は、二番のトラウトン、三番の小谷おたに、四番の町上まちがみと続く。


(きたはらくん、必ず抑えてウイニングボールをお供えに行くよ) 



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