第78話 Amulet(お守り)

「亡くなったって、そんな…」


 俺はひざから崩れ落ちる様にその場にへたり込み、静寂せいじゃくに包まれた室内には、きたはらくんのお母さんのすすり泣く声だけが響いてた。

 しばらく、泣くに任せていたが、年長の藤田が彼女を気遣いながら沈黙を破って問いかける。


「お母さん、お悔やみを申し上げます、あの…失礼ですが、どうしてこんな所に?」


 藤田の問いに、彼女は涙を拭いて肩から掛けていたバッグから何やら包みを取り出した。

 包みを開けると、手作りの小さなお守りが山の様に入っている。

 よく見ると、それぞれに選手の背番号が刺繍ししゅうしてあった。


「あの子、自分が長くないのが分かってたみたいで…、その時が来るまでに自分が全員分のお守りを作って応援するんだって、自分は病気に勝てないかもしれないけど、代わりに皆さんが勝ってくれるって…そうしたら…」


 そこまで言うと、またこらえ切れずに涙をこぼす。


 事実を受け入れきれない俺は、涙を流す事も忘れてうつろな瞳できたはらくんのお母さんを見ていたが、そんな俺に気付いた彼女が、俺を見る目に力を込めて言葉を続けた。


「そうしたら、きっと連敗脱出して、また佐々木さんがウイニングボール持ってきてくれるって」


 ひと思いに言葉をつむぎ出して泣き崩れる彼女を、佐々木が抱える様にして起こす。


「お母さん、もういいですか?」

「はい」


 きたはらくんのを伝えて去っていく彼女の背中を見ながら、俺はまだ事実を受け入れきれずにいた。

 そんな俺を見て、代わりに秋田がお守りを一人ずつ配って歩く。

 さっきまで言い争っていたベテランの松本も神妙な顔でそれを受け取った。


「佐々木、お前の18番だ」


 差し出されたお守りに刺繍ししゅうされている【18・ささき】の文字を見て、頭の中に元気だった頃のきたはらくんの笑顔が浮かび、急に涙があふれ出す。


「俺、受け取れません!それ受け取ったら俺!」

(きたはらくんが死んだなんて、そんな事…)


 俺は手を後ろに回して受け取りを拒否した。


「佐々木、お前…」


 さとそうとした秋田の横から、松本の太い腕が飛び出して来て俺の横っ面を叩いた。


「佐々木、このバカ野郎!!」


 倒れ込んだ俺の胸倉を掴んで無理やり引き起こし二発目を叩きこもうとする松本を、周りにいた選手が必死に抑え込む。


「ちょ、松本さん、何やってるんすか、みんな抑えろ!」


 松本は抑え込まれながらも必死で俺に訴えた。


「佐々木ぃ!シャッキっとしろよ!その子は必死に戦ったんだろ!必死に病気と戦って俺たちを応援してくれたんだぞ!!」


 死の恐怖と戦いながら人を応援する事がどんなに大変な事なのか、俺には想像も出来ない。

 しかも、それをまだ子どものきたはらくんがやってのけたのだ。

 必死に気持ちの整理を付けようとする俺の前に、今日先発予定の小田おだが歩み出た。


「佐々木、今日の試合はお前が投げるべきだ」

「え?でも、小田さん」

「でもじゃねぇ、なあ、みんな!」

「おう、そうだ!」


 久しぶりにチームが一つにまとまりかけた所に、再びロッカールームのドアが開いて吉本監督が姿を現した。


「お前たち、何を騒いでるんだ。」


 低い威圧感のある声に、選手の間に緊張が走る。

 すると、小田が切り出した。


「あ、あの、監督、今日の試合、佐々木を先発させてやってください!」

「なんだと?」

「実はさっき…」


 小田は事の経緯けいいを手短に説明する。


「だから、今日はその佐々木に任せるべきじゃないかって」


 吉本は値踏みするような視線で選手たちを一瞥いちべつする。


「で、お前たちも同じ意見なのか?」

「はい!監督、お願いします佐々木を投げさせてやって下さい!」


 真っ先に頭を下げた松本に釣られる様に他の選手たちも頭を下げる。

 吉本は深く息を吐くと、スタメン用紙を取り出して読み上げ始めた。


「スタメンを発表する! 一番・セカンド有田!」

「え?」

「返事をせんか!」

「はい!」

「二番・ショート鈴本!」

「はい!」


 選手たちの意向をみ取ったのかどうか分からないまま、吉本はスタメン発表を続ける。


「九番・ピッチャー小田!」

「え?」

「返事をせんか!」

「で、でも監督!」

「小田、今年はお前で開幕した。それは一年間お前が引っ張るという事だ。

 今日の試合はLoosersにとっては最下位で終わるかどうかの大事な試合だ、開幕投手の責任から逃げるな!」


 グウの音も出ない正論に、渋っていた小田も返事をせざるを得ない。


(でも…)


 誰かが口に仕掛けた機先きせんを制し、吉本が続ける。


「だが、三回だ!三回まででいい、一人も塁に出すな!

 後の事は考えなくていい、最下位チームと舐めてかかってくるアイツらの歯車を狂わせてやれ!」

「は、はい!!」

「第二先発は秋田!」

「は、はい!!」

「お前も三回でいい、絶対に点をやるな!死ぬ気で投げろ!」

「はいっ!!」

「リリーフ陣は初回から待機だ、いつでも行けるように集中を切らすな!」

「はい!!」

「そして最後、九回は佐々木!お前だ!」

「は、はい!」


 本来なら最後を締めるはずの藤田が、選手たちの気持ちを代弁する様に俺にハッパをかける。


「さっきのお母さんの言葉を忘れるな!

 ウイニングボールはお前が責任もってあの子の墓前に届けるんだ! いいな?」


「はいっ!!」

 

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