第77話 The boy Kitahara(きたはらくん)

「吉本さん!吉本監督!どっちでもいいや!!俺、やりますよ!!」


 突き出した拳がBMWのがれかけの天井にぶち当たり、それをとがめる声で俺は目を覚ました。


「バカッ、お前何してんだよ!」


 焦りの色の強い声に半開きの目をこすると、車窓を流れる高速道路の味気ない景色が見える。

 隣に居るのは憧れの北原さんではなく先輩投手の秋田だ。


「夢?」


 横目でBMWの天井が無事な事を確認し安心した秋田が、苦笑しながら聞いてくる。


「お前、どんな夢見てたんだよ? 監督!やります!!とか言ってたけど、今日の先発は多分小田おださんだぞ。」

「分かってますよ!…でも、このまま終わるの嫌じゃないですか」

「…まぁな」


 俺と秋田を乗せたBMWはリーグ最終戦の会場である東京ドームに向かっている。


 ス・リーグは、町上まちがみの加入を契機に猛打が爆発したエンジェリーズが、4位からの驚異の追い上げで首位に並んだままLoosersとの最終戦を迎えていた。

 対するLoosersは、15連勝で一時4位タイにまで浮上しながらも、その直後の18連敗でゲーム差なし勝率のわずかな差で最下位のままこの日を迎えた。


 他のチームの試合は全て終了しており、文字通りの最終戦。


 エンジェリーズが勝てばリーグ優勝、Loosersが勝てば辛うじて最下位を逃れる大事な一戦だが、上り調子でこの日を迎えたエンジェリーズと下り坂でチームの消滅も決定しているLoosersでは勝負にならないというのが大方の予想だ。

 気の早いテレビ局は、既に日本シリーズをエンジェリーズがどう戦うのか、予想まで始めている。


 重たい沈黙のまま球場に着くと、俺は秋田と別れて監督室に向かったが、あいにく監督は席を外していた。


(ちょっと話をしたかったんだけどな…)


 とりあえず、着替えにロッカールームに向かうと、中から言い争う様な声が聞こえて来た。


「あんたたち、最後の試合までそんなやる気のない態度で試合すんのかよ!」

「うるせぇな!熱血ぶるんじゃねぇよ!」


 秋田と口喧嘩をしているのは35歳のベテラン野手の松本だ。

 秋田を筆頭に若手の選手がヒートアップしているのを、中堅・ベテラン連中が白けた様子で放置している。

 俺は、なんとか監督に言われた事をみんなにも伝えてやる気を起こさせたかったが、どう言えば伝わるのか分からない。

 熱くなってしまえば、今、目の前の秋田の様に却って相手の心が離れるだけだ。


 かと言って、ヒートアップしている秋田を放っておくわけにもいかず、なだめているとロッカールームの扉が開いて、一拍遅れて俺の姿をした佐々木が重い足取りでドアを跨いで立ち止まった。

 どうやら後ろに誰かいる様だ、入室を促している。


「おい、どうしたんだ?」


 藤田の問いかけにも答えず、後ろにいる人の呼びかけている。

 やがて弱々しい足取りで入って来た女性は意外な人物だった。


「き、きたはらくんのお母さん!?」


 気の毒なほどにやつれた顔は、以前俺に気合いを入れてくれた時の様な気丈きじょうさは微塵みじんもなく、今にも壊れそうなはかなさだけが感じられた。


「どうしたんですか?まもるくんは?」


 俺の問いかけに心のバランスを崩したのか、ドアにすがりつく様に泣き崩れ、とっさにそれを支えた鈴木が代わりに告げた。


「今朝早く亡くなったそうです。」

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