第76話 -朝焼け-

「もう俺たちは終わりだ、やっぱり俺たちはチーム名通りのLoosers負け犬なんだよ。」

「そんな事ありませんよ!最後まで頑張りましょうよ!」

「お前、そんな綺麗ごと言ってて疲れないか?」


 なげやりな態度で敗戦後の晩酌ばんしゃくに出かけるチームメイトの後姿うしろすがたを見送って、俺は思いっきりロッカーに頭突きをくらわせる…。


「痛てぇ!」


 目の覚める様な痛みで飛び起きた俺は、恐る恐る部屋の中を見回した。

 見慣れたワンルームの陳腐ちんぷな内装が、現実の世界に戻っている事を教えてくれる。

 枕元の時計で時間を確認すると、デジタルの表示は5:37を示していた。

 窓の外のまだ明けやらぬ闇を見つめ、暗惨あんさんとした気持ちで布団をかぶるが眠れそうにない。

 先日見たニュースでは、小塚おつか家具は大株主であるサトウ電器の友好的買収により子会社化し、サトウ電器グループの一員として再起を図ると報じられ、記者会見では続投が決まった小塚おつか社長が晴れやかな笑顔を見せていたのに…。


(それなのに、なんであっちでは後沢あとざわなんだよ!)


 俺はもう一度布団に潜り込んでみたが、目を閉じると暗いイメージばかりが頭に浮かんで眠れそうにない。


「あぁっ、もう!」


 俺は誰にともなく吐き出すと、布団を出てジャージに着替えて家を出た。

 体は疲れてないのに頭だけ疲れてるのは最悪だ、こういう時は体の方を疲れさせるに限る。


(数時間後には仕事だけど、そんなの知るもんか!)


 捨て鉢な気持ちのまま朝もやの河川敷を走っていると、突如草むらから声をかけられた。


「早朝ランニングとは感心だな」


 低く響いてくる威厳いげんのある声には聞き覚えがあった。

 振り返って確認するまでもない、俺は立ち止まって息を落ち着かせながら答える。


「吉本監督」

「社長だ、鈴木」


 俺を見据えるその男の鋭い眼光は、Loosers監督の吉本のそれと同じであった。


「どっちでもいいですよ、吉本さん!  それよりもどうなってるんですか小塚家具は! なんでこっちでは社長が続投してるのに、あっちではあんな事になってるんですか!」


 吉本がその問いに答えられるとは思っていない、だが、俺は気持ちをぶつけずにはいられなかった。


「チームももうめちゃくちゃでみんなやる気なくしてるし、あんな試合してたらファンにだって…」


 気持ちを吐き出しながら、きたはらくんの姿を思い浮かべる。

 静岡のがんセンターに移った後、お見舞いに行った時に見たやつれた笑顔は、思い出しただけで胸が苦しくなる。


「俺、もうあっちに行きたくないですよ…」

「夢の中の出来事として蓋をして終わらせたい、そういう事か?」

「そんな訳じゃ…」

「お前や佐々木がどんな気持ちで行ったり来たりしていたのかは知らん。

 だがな、鈴木、お前にとって夢の中かもしれないが夢の中では現実だ! 無かった事になんかできないんだぞ!」

「分かってますよ!」

「なら、逃げるな!鈴木! 逃げたらそこでお前は負け犬になる」

「負け犬…」

「なぁ、鈴木、お前はウチのチーム名について考えた事があるか?」

「チーム名ですか?」


 それについては最初から思っていた、なぜLoosersなんてチーム名なんだろうと。


「鈴木、世の中に絶対的な勝者がいると思うか?」


 言葉に詰まった俺を見て、吉本が話を続ける。


「そんな人間はいたとしてもほんの一握りだろう、世の中の人間はほとんどが敗北を背負って生きている。だがな、鈴木、敗北者であっても負け犬じゃぁない。

 勝者にも敗者にも明日は来る、人生は続くんだ!

 だから俺たちは敗北の中にも明日への希望を見出さねばならん、たとえ負けてもそういう負け方をせねばならんのだ!

 このチーム名がどういう経緯で付けられたのかは俺も知らん、だがな、名付け親はチームを応援してくれるのも敗者だと知って、そういう戦い方を見せられるチームにしたかったんだと思う」

「明日に繋がる負け…」

「鈴木、俺たちは負けた。大きな力・うねりに敗けてチームは消滅する。

 だがな、お前の中にある根っこまで折らせるな!

 お前にも譲れないものはあるんだろ?それを譲ってしまったらお前は負け犬だ」

「譲れないもの…」


 目を閉じてこれまでの事を頭の中に思い浮かべた。

 勝利を喜び合ったチームメイト、買収阻止に沸いた同僚たち、いつも背中を押してくれた北原さんときたはらくん…。


 ゆっくり目を開けると東の空には黄金色の朝日が顔を出している。

 俺は吉本に一礼すると、朝焼けの河川沿いを駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る