第74話 Get worse(暗転)

「はい、二桁は目標にしていたので嬉しいです!残りも全部勝ちます!」


 チームの勢いに乗って5年目で自身初の二桁勝利を完投で飾った秋田が、ヒーローインタビューで大見得を切って観客を盛り上げると、意気揚々ようようとロッカールームに引き揚げてきた。


「おぅ、秋田、二桁おめでとう!」

「あざぁっす!」

「俺ら野手陣のお蔭だって分かってんだろうな!」

「あざぁっす!」


 投打ともに噛み合い破竹の15連勝で4位のヤンヤンズと並んだLoosersは、球団創設以来初の悲願のAクラスに向けて最高のムードを保っていた。


「おい、佐々木!明日はお前で16連勝だ!」

「はい!」


 現在8勝の俺は、残り試合から考えてあと3~4試合の先発、そのうち2つ勝てば7年ぶりの高卒ルーキー二桁勝利だ。


(今のチームの調子なら全勝も可能かも…)


 捕らぬ狸の皮算用を始めると、セカンドの有田が大慌てでロッカールームに飛び込んできた。


「大変だ、テレビ!テレビ!」

「どうしたんですか?そんな慌てて」

「いいから、テレビ!」

「分かりましたよ、何chですか?」

「どこでもいい!とにかく付けろ!」


 有田の勢いに押されてとりあえず付けたテレビの画面には、草草ソウソウタウンの後沢あとざわ社長が映っている。

 

「おいおい、どうしたんだ?」


 さっきまで秋田の勝利にはしゃいでいた選手たちも次々に集まり、テレビ画面を食い入るように覗きこみ始めた。


「おい、なんか喋るみたいだぞ!」


『えぇ~、本日我々株式会社草草ソウソウタウンは、サトウ電器株式会社より、サトウ電器が保有する株式会社小塚おつか家具の全株式の譲渡じょうとを受けた事を報告いたします。

 引き続き、株式会社小塚家具の子会社化を目指して、市場にてTOBを行ってまいります。』


「なんだって?今、何言ったんだ?」


 小島の問いかけに藤田が答える。


「草草タウンが小塚家具を買うって言ったんだ。」

「でも、小塚とウチは資本提携するんでしょ!?」

「おい、静かにしろ!」


 テレビでは記者との質疑応答に移ったようだ。


『小塚家具は後沢社長が以前買収交渉をされていた東京Loosersと資本提携に向けて基本合意を取り付けていましたが?』

『それについては白紙に戻します』

『では、Loosersを買収して球界参入するためのTOBではないと?』

『はい、球界参入は現在独立リーグを戦場にしている弊社のチーム・千葉Winnersウィナーズをベースに補強したチームで行います。』

『では、Loosersは?』

『消滅と言う事になるでしょう』


 さして興味もないように答えた後沢社長に別の記者から質問が飛ぶ。

 

『では、Loosersから選手を引き抜いて補強するという事でしょうか?』

『弱いチームから引き抜いてになりますかね?』


 記者を小ばかにした様に薄笑いを浮かべる後沢の姿でそのニュースは終わり、能天気に天気予報を始めたテレビのスイッチを有田が忌々いまいまし気にオフにした。

 さっきまでのお祭りムードが一転、今はすっかりお通夜の様だ。

 皆が黙りこくる中、俺は北原さんとの会話を思い出していた。


好事魔多こうじまおおし…でも、こんな事って)


 その時、ロッカールームの扉が開いて、俺の姿をした佐々木が駆け込んできた。


「す、佐々木君、ちょっと来て!」


(今の会見の事だろうか?球団職員にはもっと情報が入ってるのかな?)


 俺は少しでも情報を得ようと、後を追って廊下に出る。


「今、きたはらくんのお母さんから電話があって…」

「き、きたはらくん!?」

「容体が急変したそうです」


 沈痛な表情のもう一人の俺を見ながら、さっきまでしっかりと噛み合っていた歯車が空回りし始めた事を感じていた。

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