第71話 Hero(英雄)

「はい!初回からノーヒッター狙ってました!最高です!」


 お立ち台に登った俺は、興奮した様子でインタビューのマイクを向けるアナウンサーに、威勢いせいのいい言葉をサービスする。

 ルーキーでの達成は30年以上無かった事もあり、満員のスタジアムは快挙の余韻よいんに酔いしれていた。


「佐々木投手でした!改めておめでとうございます!」

「あ、ちょっ、待って下さい!テレビの前で応援してくれてるファンの方にひと言いいですか?」


 気持ちよくインタビューを締めに掛かったアナウンサーを引き留めると、マイクを奪う様に話し始める。


「いつも応援してくれてありがとう、君の応援のお蔭でいいピッチングができました! 今度は君の番だよ!!」


 テレビ局のハンディーカメラに目線を向けて満足そうに親指を立てるサムズアップを決めると、満場のファンに手を振りながらお立ち台を後にした。



**********


 球団職員からウイニングボールを受け取ると、着替えもそこそこにロッカールームを飛び出して、荒川総合病院にタクシーを走らせた。

 テンポの良い投手戦だったとは言え、21:00を廻っているので正面玄関は施錠されている。

 警備員の居る通用口に回り、患者の親族と偽って入館の許可を得ると、警備員は俺に気付いたのか、ニヤッと笑ってからかう様に親指を立てた。

 ヒーローインタビューの時はまだアドレナリンの余韻があったが、今となっては少し気恥ずかしい。


 ひっそりと静まり返ったひと気のない夜の病院は不気味だ。

 ウロ覚えの記憶で怯えながら病室目指して徘徊している俺は、あっさりとナースに見つかって不審者扱いを受ける。

 必死で弁明していると、背中から声がかかった。


「あ、ささき!…さん!」

 

(きたはらくんだ!)


 振り返ると車いすに乗ったきたはらくんとそれに寄り添うお母さんの姿があった。

 2人共満面の笑顔を浮かべて親指を立てている。

 俺は恥ずかしさを隠すようにポケットに入れていたボールを差し出した。


「まもるくん、これ約束のウイニングボール!」


 喜んで受け取ってくれるかと思ったら、手をグーに握りしめて受け取りを拒否している。


「これ…、大切な記念のボールなんでしょ…」

「ん?そんな事気にしてるの? ノーヒッターなんてまたすぐやるよ! 次はパーフェクトだ!」


 俺の軽口を受けて、恐る恐るお母さんを見上げるきたはらくんに許可が下りる。


「いただきなさい」

「やったぁ!」


 嬉しそうにボールを受け取ると、頭上に掲げて珍しそうに眺めまわす。


「まもるくん」


 手術を受ける様促す必要は無かった。

 語り掛けた俺をさえぎるように力強い決意を俺にぶつけてくる。


「僕、手術受けるよ!僕も頑張る!!」

「あぁ!成功を祈ってる!」


 俺にぶつかりそうな位に勢いよく親指を立てるきたはらくんの頭を撫でると、困った様にこちらを監視するナースに目礼して家路いえじについた。



**********


 タクシーを拾って寮に戻ると22:30を過ぎていた。

 児玉には球場から連絡を入れていたので夕食は取っておいてくれているだろう。

 食堂に入ると、ソファに寝そべってスポーツニュースを見ていた秋田たちが声をかける。


「おぅ、俺ら先に食ったからお前も早く食え! 次は君の番だ!ってか」


 テレビの画面からは丁度俺のヒーローインタビューが流れている。


(もう二度と勢いで行動する事はやめよう…)


 貴重な教訓を得た俺は、急いで厨房に向かうとサムズアップで迎える児玉から夕食を受け取り、ゆっくりと胃に収める。

 バタバタしていて感じなかったが、空腹が満たされていくと共に今頃になって快挙の実感が湧いてきた。

 ニヤニヤしながら冷めた夕食を次々と口に運んでいると、さっきのきたはらくんの笑顔が頭に浮かんでくる。


(よし、やったぞ、やったぞ!)


 俺は心の中で小さくガッツポーズした。

 

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