第69話 Promise(約束)

「うん、聞いたよ」

「僕、どうなっちゃうのかな?」


 ベッドの足元に視線を落とし、消え入りそうな声で不安を口にする。


「まもるくん、手術嫌がってるんだって?」


 俺は慈愛じあいを込めた目で見つめながら、問いかけた。


「だって、成功するかどうかも分かんないし、僕怖いよ!なんで僕がこんな目に合わなきゃいけないの!!僕嫌だよ!!」


 思いのたけを吐き出して号泣するきたはらくんが落ち着くのを待って、俺は優しく語り掛ける。 


「リリーフってね、大抵ピンチの場面で出て行くんだ」


 きたはらくんは泣きらした目でこちらを見ている。


「怖くないの?」

「もちろん、怖いよ!三振取れるかどうかも分からないし、上手に投げて打ち取っても飛んだ方向が悪ければヒットになっちゃうし…」

「そうなんだ、やっぱり僕の手術も…」

「あぁ、100%成功する事なんてない!」


 非情な宣告にショックを受け、うつむいて落胆の声を上げる。


「そ、そんな…」

「君がそう思ってる限りはね」

「えっ?」


 きたはらくんは顔を上げ、目を見開いてこちらを向き直る。


「相手にビビッて敵のファンの応援にビビッて、打たれたらどうしよう、怖いって思いながら投げたって抑えられる事は無い。

 不安を抱えるのはマウンドに登るまで!その気持ちを引きずってたら成功なんてできないんだよ」

「そんなの、僕無理だよ」

「俺だって自分一人では出来ないさ」

「じゃあ、いつもどうやってるの?」


 俺は笑顔を浮かべて、きたはらくんの頭をでる。

 小さい頭だ、まだこれから成長して大きくなっていくべき人間なのだ。

 そう思うと、声にも力が入る。


「君が力をくれてるんだよ」

「僕?」


「マウンドでね、君の声は良く届くんだ、弱気になってる俺に勇気をくれる。

 俺だけじゃないんだよ、チームの皆も君たちファンの声援に背中を押してもらえるから戦えるんだ」

「僕の声援が…」


「まもるくん、お願いがあるんだ、次の試合テレビで応援してくれないかな?」

「うん」

「よし、約束しよう!次の試合のウイニングボールも持ってくるから、そうしたら、今度は君が戦う番だ、俺が一生懸命応援するよ!」

「うん、分かった!」


 きたはらくんは今日初めて希望の光を目に灯してくれた。


 お見舞いのリンゴを3人で食べた後、俺は病院を後にした。

 お母さんは正面玄関まで見送りに来てくれたが、道中は無言のままだ。

 当然だろう。勇気づけるためとはいえ、あれでは「試合に勝ったら手術受けてね」と言ってるようなものだ。

「試合に敗けたらどうするのか!息子の手術を賭け事みたいに扱うな!」

 そう言われても仕方ない。


「あ、あの、お母さん、すみません!勝手にあんな約束しちゃって…」


 びを入れる俺の目を強く見返して、硬い表情のまま問いかける。

 

「自信がないんですか?」

「いえ、そんな訳では」

「佐々木さんがおっしゃった事ですよ、そんな気持ちではおさえられません!」

「は、はい!」


 きたはらくんを勇気づけに来たはずが、逆に気合いを入れられてしまう。

 そんな俺を見て、お母さんは表情を緩めると、遠くを見ながら呟いた。


「あの子にはあれ位言わないといけなかったのかもしれませんね」


 どう返事していいか分からずにいると、急に俺の右手を握りしめてくる。


「佐々木さん、次の試合絶対勝ってくださいね!私もまもると一緒に応援しますから!!」


 どこからこんな力が湧いてくるのかと思う程強く握られた手に母親の愛情を感じた俺は、強く握り返すと力を込めて宣言した。


「はい、必ず勝ちます!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る