第67話 White knight(白馬の騎士)

 絶体絶命のピンチを逃げ切っての祝勝会に、敵地ニューヨークの焼き肉店は大いににぎわっていた。


「渡辺~、お前佐々木に感謝しろよ!」

「そうだぞ、あんなポコポコ打たれやがって!」

 火だるまで俺にバトンタッチした中継ぎエースの渡辺が今日のさかなだ。


「ほんと佐々木ありがとな」

 渡辺が大げさに俺をおがんでダメ出しを笑いに変える。


「いや、アレが俺の仕事っすから」

 タン塩をウーロン茶で胃に流し込みながら余裕の受け答えをする俺にショートの鈴本がからむ。


「なんかお前、最近貫禄出て来たな~」

「貫禄っつーか生意気ですよ、そいつ!」

「そうそう、今日もマウンド来るなりいきなりカマしやがって!」


 鈴本に同調した高橋や有田にイジられながら、良く焼いたカルビを次から次に頬張っていると、キャッチャーの小島が隣に座って来るなりボソッとつぶやく。


「みんなも感じてるんだろうけどさ、お前、最近ちょっとエースっぽくなってきたな」

「え?マジっすか!」


 突然のめ言葉に舞い上がり次のめ言葉を期待していると、電話がかかって来たようで、小島がスマホを耳に当て席を外す。


(何だよ、もっと褒めろよ~)


 口惜しそうにトントロをあぶっていると、ドアが開いて本来のリリーフエースである藤田が顔をのぞかせる。


「あ、藤田さん!お疲れ様です!」


 投手陣のリーダーでもある藤田の登場で場が更に盛り上がる。


「藤田さん、一軍復帰決まったんですか?」

「あぁ、次のハードバンク戦から復帰だ、みんな俺がいない間、よくやってくれたな!」

「おぉ~!」


 藤田はトントロを頬張る俺を見つけると、さっき小島が座っていた所にビール瓶を持って腰かける。


「あ、そっか、お前は未成年だからウーロン茶か」

「すんません」

「まぁ、いい、佐々木、お前に一番迷惑かけたな」

「いや、全然ですよ、こっちこそ失敗ばっかりで…」

「それがリリーフだよ。

 先発と違って、失敗した次の日もまた登板しないといけないからな、お前も気持ちの切り替えが上手になったんじゃないか?」

「う~ん、そうだといいですけど」


 ここ最近は公私に渡って激動の日々を過ごして来たので、多少の事では動じない様になってきた気はするが、マウンドでそれが発揮できるかと言うとまだ自信はない。


「ウチの球団もこの先どうなるか分からないんだ、もし先発の揃ってるチームに移籍するならその辺はうまくやらないとな」


 その後も藤田からリリーフの心得を聞かされていると、さっき出て行った小島が上機嫌で戻って来た。


「みなさ~ん、大ニュースです!!」

「なんだよ、離婚でもするのか?」


 辛らつなヤジにも笑顔を崩さない小島に、皆の視線も集まる。


「待望のホワイトナイトが現れました! なんと、あの小塚おつか家具の小塚おつか社長が、ウチの球団に資金提供する契約を準備してくれてるそうです!」

「おぉ、マジか!あの小塚が!?」

「なら後沢あとさわ草草ソウソウタウンも手を引くしかないだろ!」

「いや、あいつ最近は新球団での参入を狙ってるらしいぞ!」


 皆、突然のスポンサー発表に安心したのか、これまであまり口にしなかった球団買収についての話を始める。

 その顔は一様に安心感に満ちているが、俺だけは違った。


(小塚家具って、この前買収されて子会社化されたんじゃないのか?こっちでは違うのか??)


 網の上のサガリが焦げるのも目に入らずに思案していると、藤田が小島に詰問する。


「おい、小島!準備ってどの程度の段階なんだ?」

「なんか、資本提携?結ぶみたいな話でもう下打ち合わせ済んでるらしいですよ。

 明後日、球団事務所で偉いさん同士顔合わせするみたいです」

「じゃあもう大詰めって事か?」

「はい、俺の後援会長が小塚家具の社長と知り合いで、話を持ってってくれたんですよ」

「よっ!さすが、扇の要だな!」


 小島が手柄を自慢する様に胸を張り、周囲がはやし立てる。

 俺はそれをさえぎる様に声を上げた。


「あ、あの!」

「おう、佐々木ぃ、お前がエンプロなんちゃらの話してくれたのがきっかけだから、お前の手柄だぞ、うわっはっは」

「いや、そうじゃなくて、小塚家具って経営状態はどうなんですか?」

「経営状態ぃ?」

「ほら、1億・2億のレベルの話じゃないんだし、どうなのかなって」


 俺の疑問に小島が胸を張って答える。


「大丈夫だろ、今の社長に変わってから顧客層を広げる方向に路線変更してるし、そのために俺らを広告塔にしようって話だよ。

 まぁ、win-winって奴だな、うわっはっは」


(その路線変更がマズいんじゃなかったか?)


 心配そうな俺に藤田が肩を寄せてきた。


「まぁ、表立って経営状態がヤバいって話は出てきてないし、このままスポンサーが表れなきゃ、どのみち球団消滅か後沢に買収されるかのどっちかだ。

 ここは賭けてみるしかないんじゃないか?」

「そ、そうですね」


 もうこうなったら、こっちの世界とあっちの世界が微妙に違っててくれる事を願うしかない。

 心を決めた俺は、炭になったサガリの残骸を箸で突いて落下させると、新しいサガリを網に載せる。


 その時、部屋のドアが開いて、俺の姿かたちをした佐々木が飛び込んできた。


「すず…、佐々木くん!ちょっと来て!」


 俺は胸騒ぎを覚えながら食べごろのサガリを置いて席を立った。

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