球界再編編

第66話 Relief Ace(守護神)

『ピッチャー、渡辺に代わりまして、佐々木、背番号18』


 無機質なアナウンスに送り出されて、俺は敵地ニューヨークのヤンヤンスタジアムのマウンドに登った。

 熱狂的な事で知られるニューヨークのファンからは、容赦ようしゃないブーイングと敵意がひっきりなしに向けられている。


 5点リードで9回裏を迎えたLoosersは、勝ちパターンの投手陣の温存策を取ったが、それが裏目に出てあれよという間に打ち込まれ、気付いたらわずか一点リードの窮地きゅうちおちいっていた。

 ツーアウト満塁、一打逆転サヨナラの生きるか死ぬかの正念場だ。


 マウンドに集まっている内野陣も、相手打線の恐ろしさと勢いに怖気おじけ付いたのか、はたまた敵チームの応援一色に染まったスタジアムの雰囲気に呑まれているのか、元気がない。


「なにシケたツラしてるんすか! ただでさえ人気ないのに、余計にファンが離れちゃいますよ!」


 俺はマウンドに到着するや否や、しょぼくれている内野陣に辛口のげきを飛ばした。

 一瞬間が空いた後、猛烈な反撃が始まる。


「なに言ってんだ、お前より人気あるわ!」

「そうだそうだ!だいたいお前よりイケメンだっつの!」


 声を出す事で気分が変わったのか、にわかに表情に活気が出て来る。


「じゃあ、打たせても大丈夫ですね?」

「任せろ!バッチリ取ってファン増やしてやるわ!」


 一斉に守備位置に散らばっていく野手たちを背中にキャッチャーの小島を捕まえると耳打ちをする。


「小島さん、俺、ナックルカーブ投げたいんすけど」

「ナック…って、そんなのいつ覚えたんだ? …まぁ、いい、投球練習で投げてみろ、使うかどうかはそれ見て決める」

 

 呆れた様にホームベースに戻った小島がど真ん中にミットを構えた。


 最初に佐々木が投げてくれた時のフォームと、その後の練習での指先の感覚を思い出しながら、7割くらいの力で丁寧に小島のミット目掛けて投げる。

 小島は左にれると思ったのだろう、ミットを大きく動かした瞬間、生き物の様にうねりながら右に曲がったボールは、慌てて戻したミットを弾いてバックネットに飛び込んだ。

 

 小島はバックネットの方を向いてしばらく唖然としていたが、審判から新しいボールを受け取ると、ニヤニヤしながら2~3歩マウンドに近づいて、右手をキツネ影絵かげえのようにして掲げて見せる。

 急造のナックルカーブのサインという事らしい。

 俺は頷くとボールの縫い目に指を這わせて感触を確かめる。

 縫い目が高く荒い感じはあるが、不思議と指に馴染む感じがする。


(イケる!)


 確信した俺は、8割の力でナックルカーブを投じた。

 さっきよりも速く鋭く曲がるボールが小島のミットを襲ったが、今度は見事にキャッチしてミットに収める。


「ヒューッ」


 不意に響いた口笛の主を見ると、次打者のジャンポール・ストントンが不敵な笑みを浮かべていた。

 パワーでは間違いなく球界ナンバーワンだろう、規格外のパワーから繰り出される打球の速度は殺人的と言っていい。


(ナックルカーブの初陣に


 負けじと不敵な笑みを返すと、外野席の隅に追いやられているLoosersの応援団の方に視線を向け、気持ちを落ち着ける。

 この前のあの様子では、きたはらくんはアウェイのNYにはこれないだろうが、きっとテレビ中継で見ているだろう。


(必ず打ち取るから、見ててね!)


「プレイッ!」


 審判のコールに気持ちを引き締め、小島のサインを見る。

 初球はインロー、ボール気味のストレートだ。

 全身から湧き出るアドレナリンに身を任せて、クイックモーションから渾身のストレートを投げ込む。

 唸りを上げて膝元に食い込んで来るストレートに、ストントンは思わず体を引いた。


「ボールッ!」


 審判のコールと同時に球速表示が出て、外野席の片隅で縮こまっていたLoosersの応援団から歓声が起きる。


【165km/h】


 自己最速タイだ。

 ファンの歓声を聴いてアドレナリンは更に噴出し、今なら自己最速を更新できる確信がある。

 小島からの返球を受けると、次のサインを食い入るように睨みつける。

 二球目は右打者のストントンの膝元からストライクゾーンに入るナックルカーブ。


 俺は無意識に舌なめずりをすると、北原さんに投げた時の感触を思い出しながら、フルパワーで弾く様にナックルカーブを投じた。

 膝を直撃する軌道で指から離れたボールに、ストントンが反射的に体を引いた瞬間、稲妻の様に鋭角に曲がったボールがストライクゾーンに吸い込まれていく。

 反射だけでバットを出した力のないスイングがボールをこすって、弱々しい打球がセカンドの有田の前に転がった。

 イージーなゴロを難なく捕球した有田が、これ見よがしのオーバーアクションでファーストにボールを送り、Loosersは逃げ切りに成功した。

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