第65話 -取り戻した日常-
北原さんの視線を感じながら、憎くき木寺の逮捕に小躍りして喜ぶ小島たちの会話に加わる。
「マジっすか、あいつ捕まったんですか?」
「おう、しかもな、ウチ狙ってた中華系企業あるだろ? あそこも粉飾決算で家宅捜索入ったんだと」
「おぉ~」
「ざまぁみろってんだよ、なぁ!」
「はい!」
「よぉし、今週の金曜は飲み会やるぞ!!」
「おぉっ!」
盛り上がる小島たちとの会話を適当な所で切り上げると、帰り支度をしてこっそりと会社を出ると、北原さんと合流してバッセンに向かった。
**********
「課長たち、盛り上がってたわね」
「そうですね~」
「それにしても、逮捕なんて驚いたわよ、しかも粉飾決算まで…あれも鈴木くんの仕業なの?」
「俺の仕業というか、俺たちの仕業ですかね~」
「たち??」
北原さんが、訳が分からないという風に困惑していると、バッセンの休憩スペースに身を屈めて入ってきた長身の男が、笑顔を浮かべて近づいてくる。
それに気づいた北原さんがすかさず声を掛けた。
「あれ?あなた、確か吉本ファンドの…」
「はい、吉本ファンドの佐々木です」
「実はですね、俺たちの仕業なんですよ~」
俺と佐々木は、これまでの経緯をかいつまんで説明した。
・野田に協力をして貰った事。
・尾行作戦の事。
・佐々木と石田の事。
・昨日、木寺をおびき出した事。
「そんな事があったんだ…、わたしの為に苦労かけちゃったわね」
北原さんは目に涙を浮かべてしんみりと話を聞いている。
「それで、北原さんのスマホお借りした上に壊しちゃって…」
「あぁっ!あのファミレスのドン臭い関西人が野田さんなの?」
「えぇ、まぁ…、それで…あの…、スマホ壊してすみませんでした!!」
何故か俺と一緒に頭を下げる佐々木を見て、北原さんは楽しそうにスマホを取り出す。
「じゃーん、直りました~! やっぱり冷蔵庫で直るんだよ!」
「あぁ、良かったぁ、冷蔵庫最高ですね」
「ふふ~ん♪ それにしても2人共ほんとにありがとう、大変だったでしょ。」
北原さんのねぎらいの一言で一気に場がくだけた雰囲気になり、俺と佐々木は苦労話に花を咲かせた。
俺としては木寺にボコられた話は避けて通りたかったが、佐々木は自分の武勇伝の様に大げさに話す。
「そうなんですよ~、鈴木さんが木寺に膝蹴りされながらも冷静に時間稼ぎしてくれたお蔭でなんとかデータを盗めたんですよ!」
「んん~、その事については、わたしまだ許してないからね」
その件では北原さんは今もご立腹だ、ほっぺたを膨らませてかわいく睨む。
「でも、わたしが教えた『体は熱く!頭は冷静に!』を実行できたのは褒めてあげよう!」
そんな中、佐々木が余計な事を漏らした。
「いやぁ、でも、鈴木さんと2人でラブホに行った時はどうなる事かと思いましたけど、上手にリードしてくれたんで助かりました!」
「バッ、おまっ!」
慌てて制したが時既に遅し、北原さんが薄目でこちらを見ている。
「あなたたち…2人でラブホに行くようなそういう関係なの?」
「いや、その…、あ!俺、石田さんと待ち合わせてるんで!失礼します!!」
「あ、ちょっ、佐々木くんっ!」
脱兎のごとく駆け出した佐々木の背中に怒りの視線を投げつけると、必死の弁明に移る。
「違うんです、作戦で仕方なく!」
焦りまくる俺を見て北原さんが堪え切れずに噴き出す。
ひとしきりケラケラと笑ったあと、おもむろに切り出した。
「久しぶりにキャッチボールしよっか! 秘密特訓、あの子としてたんでしょ?」
「あ、はい!」
北原さんは返事を待たずに、ミットを手にスタスタと歩いてホームベースで腰を落とす。
「さぁ、秘密特訓の成果、見せてみなさい!」
ミットに右手を添えて構える北原さんに、あの時の佐々木がした様にアドバイスを送る。
「右手、危ないから後ろにやってて下さい」
北原さんが慌てて右手を体の後ろに回すのを確認してモーションに入る。
「ミット動かさないで下さいね!ナックルカーブ、行きますよ〜」
大きく振りかぶって投じられたボールは、北原さんの左に逸れるコースから急激に曲がって、ど真ん中に構えたミットに飛び込んでいった。
「凄い!凄い!何これ!!」
興奮して駆け寄って来る北原さんに、見栄を張って余裕を見せつける。
「成長したでしょ!本気出したらもっと鋭く速く曲がりますよ!」
俺の見栄を分かっているのか、北原さんはいつもの悪戯な笑顔で囁いた。
「よくがんばった、すずき!」
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