第64話 -逮捕-
「おい、木寺!てめぇはもうお終いなんだよ、これでもくらえ!」
木寺目掛けて繰り出した俺の鉄拳が激しく壁を叩き、俺は痛みで跳ね起きた。
「痛ってぇ~」
痛みに顔をしかめながら枕元の時計を見ると、デジタルの表示はAM6:16を示している。
テレビをつけてニュースを見るが、画面の中では3流芸人が笑いも取らずに愚にも付かないコメントをして場をシラケさせていた。
テーブルの上に置きっぱなしにしていたスマホを起動してみるが、受信しているのは下らない通知だけで、昨晩北原さんに送ったメッセージの返信は来ていない。
(まだ、スマホ壊れたままなのかな?)
『鈴木くん、知らないの? 水没したスマホは冷蔵庫に入れておけば直るんだよ!』
と言い張っていた北原さんは、恐らくそれを実行しているのだろう。
とにかく、一刻も早く問題の解決を伝えたい俺は、朝食のルーティーンをすっ飛ばして会社へ向かった。
**********
さすがに早く着き過ぎたので、途中のコンビニで買って来たおにぎりを胃に収めながら、ついでに買った新聞に目を通す。
当然、期待したニュースは載っていないが、野田の話では今日にでも警察が動いてくれるとの事なので、今はそれを待つのみだ。
さして興味もない記事を読みながら、3つ目のおにぎりを口に運びかけた時、入り口のドアが開いて、北原さんが入って来た。
「おはようござ…、鈴木くん?今日めちゃくちゃ早いね!」
まるで泊まり込んだかのように、落ち着いて新聞を読みながらおにぎりを食べる俺を見て、北原さんは目を丸くして驚いている。
「北原さん!もう大丈夫ですよ!!」
「大丈夫って…、本当に!?」
笑顔で親指を立てる俺に、北原さんも弾ける様な笑顔で近づいてきたが、俺の顔を見て顔色が変わる。
「ちょっと鈴木くん!顔どうしたの?
(あ、やべ!)
今日は身支度もそこそこに家を飛び出したので、
昨日木寺に殴られた所が痣になっているのだろう、そういえば髪もセットしていないし
「鈴木くん、危ない事したんでしょ! あれだけ危ない事しないでって言ったのに!!」
「いや、ほんと危ない事してないです、ちょっと話をしただけで…」
「話!?あの人と会ったの?? やっぱり危ない事してるじゃないの!!」
「いや、ちょっと揉み合っただけで、ほんと大したことないですから!」
顔を真っ赤にして怒る北原さんの剣幕にタジタジだ、昨日木寺を殴り飛ばした石田も怖かったが、今日の北原さんもそれに引けを取らない。
「鈴木くんも殴ったの?」
「い、いえ! 殴ってません!!」
正確には殴りかかって
「本当に?」
「はい、神に誓って殴ってません」
「もうっ、あなたの手は人を殴るためにあるんじゃないんだからねっ!」
「はいっ!」
信じてくれたのかどうか分からないが、少し態度が柔らかくなる。
「昨日何があったのか話してくれるんでしょうね?」
「はい、もちろん! でも会社じゃアレなんで、今日バッセン行きませんか?」
「う~ん、分かったわ。
それにしても…、髪ボサボサじゃない!営業マン失格よ!ちょっと待って!」
自分の鞄から化粧道具の入ったポーチを出し、白い容器のフタを開けると、スポンジの様なもので俺の痣に何やら塗り出した。
「コンシーラーで多少隠せるわ、塗り終わったら髪セットして!
整髪料は会社に置いてるんでしょ?」
「はい!!」
コンシーラーとやらを塗るために間近に迫った北原さんの顔を直視する勇気は俺にはなかった。
**********
北原さんのお蔭で痣を隠せた俺は、取引先にも異変を気付かれる事なく、無事に一日のルーティーンワークを終える事ができた。
外回りから会社に戻ると、なんだか騒々しい。
「なんかザワついてますね」
「そうね、何かあったのかしら?」
そんな話をしながら、席に向かっていると、それに気づいた課長の小島が声を掛ける。
「おい、北原!鈴木! 木寺が逮捕されたってよ! 今ネットのニュースに載ってたぞ!」
驚きの表情で俺を見る北原さんに満面の笑顔で不器用なウインクを返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます