第62話 -直接対決-

 木寺は駐車場にレクサスを停めエンジンを切ると、怪訝けげんそうに周囲を見回す。

 俺は、気付かれない様にこっそり近づいて、木寺が助手席からノートパソコンを取ろうと前かがみに運転席にかがみ込んだ所で、後ろから肩を叩いた。


「おう、北原、何だよこんな所…あ、あんた、誰だ?」


 北原さんだと思って振り向いた木寺は、目に恐怖の色を浮かばせて弾かれた様に飛びのいた。

 180cm近い長身でがっちりした体形の木寺は、正面から相対した身長168cmの俺を見て、目に余裕の色を取り戻す。


「あんた、誰? なんか用事?」

「北原先輩の件で来ました」


 俺は怒りを噛み殺しながら低い声で告げる。


「北原の?」


 木寺は目に不審の色を浮かべて俺を見ている。

 北原さんが産業スパイの件を俺に話したのだと思っているのだろうか、そう思われては厄介だ、予定の期日が早まりかねない。


「あなた、奥さんも子どもも居るんでしょう!北原先輩にちょっかい出して恥ずかしくないんですか!」

「はぁあ??」


 木寺は狐に抓まれた様な顔をしたが、ひと思案すると小バカにしたような薄笑いを浮かべ、露骨な態度でバカにしてくる。


「ははぁん、お前北原の会社の後輩か? なに、あの女に惚れてんの?」


 先輩社員に思いを寄せるうだつの上がらない若手社員の暴走と思っているのだろう、まぁ当たらずとも遠からずだが、ともかくその方が都合がいい。


「うるさいっ!!」


 わざと大声を出して周囲の注目を集めるように仕向けると、案の定周りの客が冷めた視線でこちらを見ている。


「そう興奮すんなよ、恥ずかしいだろ」

「じゃあ、あっちで話しましょう」

「ちっ、仕方ねぇな」


 俺はさりげなく店舗の間の物陰に木寺を誘導した。

 思惑通り、ノートパソコンを車の中に置きっぱなしにしてくれている。


(後は野田に任せるしかない)


 木寺が付いてきているか確認するふりをしてレクサスの方に目を向けると、野田と佐々木がこそこそとレクサスの影に移動しているのが見えた。


(よしっ)


「おい!聞いてんのかよ! 北原からのメールはお前が送ってきたのかって聞いてんだよ!」

「そうですよ」

「ちっ、道理で返事がない訳だ、畜生」


 物陰に着くと、木寺がレクサスに背を向ける様に位置取りする。

 後は、野田たちがデータを盗めるよう細工する時間を稼ぐだけだ。


「この前、飲み会の帰りにあなたと北原先輩がバーから出てくる所を見たんですよ!

 家庭も持ってるのにそんな事して恥ずかしくないんですか?」

「はぁ?お前さぁ北原の何なの彼氏さん?」

「ち、違いますけど」

「じゃあ、俺と北原が何しようが関係ねぇだろ」

「関係なくないでしょ、会社の先輩が不倫してるのを…」

「うっせぇな、安心しろよ、今更不倫なんかしねぇよ、あんな面倒クセェのと」

「はぁ?」

「不倫してたのは昔の話だよ! 北原が新入社員の頃だったかなぁ、ちょっと優しくしてやりゃ簡単に股開いてよぉ」


 聞きもしない事を語り出す木寺に、俺の怒りがボルテージをあげてくる。

 このたぐいの武勇伝を自慢げに語る男にろくなのは居ない。


「お前もアイツとヤリたいんだったら、ちょろっと優しくしてやりゃOKだから、まぁ頑張れや」


 顔面を蒼白そうはくにして怒りをこらえている俺の耳元に顔を近づけて、木寺が止めの一言を放つ。


「そうそう、アイツなかなか具合良かったぞ」


 その瞬間、頭が真っ白になって、俺は握りしめた拳を木寺に向けて突き出したが、恐らく木寺はそうさせる為に挑発していたのだろう、読んでいたようにスウェーしてかわすと、膝蹴ひざげりを入れる。

 俺は、不意の一撃に苦悶くもんの表情を浮かべながらも耐えていたが、顔面を更に拳で打ち下ろされ、たまらずその場に倒れ込んだ。

 木寺はそれを見下ろしながら勝ち誇った様に吐き捨てる。


「だいたいよぉ、女なんてのは口じゃなんだかんだ言っても一発やっちまえばこっちのもんなんだよ、ヤリ捨てだろうが何だろうが、気持ちよくさせてやってんだから、恨まれる筋合いねぇっつーの」


 倒れ込みながらレクサスを見ると、まだ車内に二人の姿が見えた。


(まずい、引き留めなきゃ)


「お前がアイツの何なのか知らねぇけどよぉ、もうイチャモン付けてくんなよ」


 吐き気をこらえながら懸命に立ち上がる俺に木寺が捨て台詞を吐いて背中を向ける。


(まずい!!)

「おい、待て!」


 呼び止めようと声を掛けた瞬間だった、木寺の前にスラッとした長身の女性が立ちはだかった。

 年齢は20歳前後なのだろうか、青白く痩せこけた顔は30歳過ぎと言われても分からない、その目には怒りの炎をたぎらせて木寺をにらみつけている。


「い、石田…さん」


 木寺はうめく様につぶやくと、しばらくの間、亡霊にでも遭ったように及び腰になって茫然ぼうぜんとしていたが、急に饒舌じょうぜつになって心配の言葉を並べ始める。


「い、石田さん、心配したんだよぉ~、もう体調良くなったのかな? 病院にも何度も行こうとしたんだけどねぇ、なかなかタイミング合わなくてさ」


 石田と呼ばれた女性は、スラスラと出てくる見え透いた木寺の嘘をうつむき加減で聞いていたが、木寺の言葉が途切れるや否や、強烈な平手を食らわせた。

 不意の一撃に右に大きく揺らいだ木寺の頭部に左から目にも留まらない拳骨が飛んできて、木寺はたまらずに俺にもたれかかる様に吹っ飛んでくる。

 訳も分からずに木寺を抱えたまま前を見ると、石田は今の一撃で痛めたのか右手を押さえて苦痛に顔をゆがめている。

 その向こうでは、野田が頭上に手を上げてOKサインを出し、更にその奥では佐々木が立ちすくんだまま、うわ言の様に呟いていた。


「いし…ださん?」

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