第61話 -騙し討ち-

 俺達は、失意のままバッティングセンターに向かうと、惰性だせいで日課のナックルカーブの練習を始める。

 佐々木と野田の顔には失望が色濃く表れているが、俺の心は違った。

 1球ごとにボールが指に馴染なじんでいくにつれ、決意が固まっていく。

 ラスト50球目のナックルカーブが、これまでで最高の変化を見せて佐々木のミットに収まった時、俺の心は決まった。


「佐々木くん、野田さん、明日賭けに出ましょう!」


 2人に作戦とも呼べないようなお粗末な賭けを説明し、渋々ながらも賛同を取りつけて解散すると、ワンルームに戻って冷蔵庫の中のビールを立て続けに飲み干す。

 薄汚れた窓の向こうの満月に賭けの成功を祈って眠りについた。



**********


 翌日。


「北原さん、ランチあの店にしましょうよ!」

「ファミレスかぁ…」


 外回り途中のランチにファミレスを選択した俺のチョイスに北原さんは不満げだったが、強引に説き伏せて連行した。

 日替わりのランチとドリンクバーを2つずつ注文すると、ドリンクバーに向かう北原さんを制して自分で取りに行く。


「いいですよ、俺が取ってきます! 北原さんは何がいいですか?」

「え、いいよ~、自分で取るから」

「いいですって、北原さんは座っててください」

「う~ん、じゃあ、わたしお茶をお願いしてもいい?」

「了解です!」


 ドリンクバーに向かう俺の背中に北原さんが声をかける。


「じゃ、わたし、お手洗い行ってくるね」


 北原さんには、お手洗いに行く際にスマホをテーブルに置きっぱなしにする不用心な癖がある事は知っていた。

 俺は返事をしながらテーブルの上にスマホがある事を確認すると、既にファミレスに入店していた野田に目配めくばせをする。


 数分後、ドリンクバーの前で何を飲むか悩んでいるふりをして、お手洗いから戻って来た北原さんをやり過ごすと、水のグラス2つとお茶・オレンジジュースのグラスを持って席に戻る。

 そこへ客に扮していた野田が、わざとらしくぶつかってきた。


「おっと、すんまへん!」

「うわぁ!」


 俺は狙いをつけて北原さんのスマホに水やらお茶やらをブチまけた。


「きゃあ!」

「うわぁ、ごめんなさい!大丈夫ですか!」

「すんまへん!えらいすんまへん!」


 普段の練習の賜物たまものか、北原さん本人にはかからない様にコントロールできたが、スマホはびしょ濡れだ。


「ごめんなさい、スマホ大丈夫ですか?」

「あぁっ!電源入らなくなってるっ!!」

「うわぁ、ごめんなさい!!」

「すんまへん!えらいすんまへん!」


 作戦は成功だが、俺は心の底から北原さんに謝罪した。



**********


 その日の夕方、郊外にあるカラオケボックスやネットカフェ、飲食店などの路面店が集まる複合施設の駐車場に野田のハイエースが停まっていた。

 もちろん、その中には俺と佐々木・野田が集まっている。


「昼間はご苦労様でした」

「ほんまにスマホ壊しちゃってよかったんですか? あの人怒ってはりませんでした?」


 野田がファミレスでの三文芝居の後悔を口にする。


「木寺から連絡あったら面倒になりますから…」


 北原さんが席を外している間に、野田にスマホのロックを解除させ、木寺をメールでここに呼び出したのだ。

 その後返信でもあって北原さんがそれを見たら面倒になるので、一芝居打ってわざと水没させ一時的に使えなくした。

 

「木寺のヤツ、来ますかね?」

「来るさ」

(来なかったら明日アパートに乗り込んで拷問でも何でも…。)


 佐々木の不安を短い言葉で打ち消し、悲壮な決意を固めていると、野田が小さくうめいた。


「来たで、ヤツや!」


 駐車場に入って来たレクサスには、不機嫌そうな顔をした木寺が乗っていた。

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