第60話 -危険な賭け-

 ラブ・ホテルのフロントに入り、待合コーナーに目を向けると人の姿は見当たらない…、既に木寺は女性と部屋にシケ込んだ後の様だ。

 俺は緊張を少し緩めて周囲を見回した。

 左手に大画面の液晶タッチパネルがあり、きらびやかな装飾をふんだんに使った部屋の写真が分割画面に表示されている。

 ハーフトーンになっている部屋は使と言う事らしい。

 適当な部屋に目星を付けると、部屋番号をフロントに告げた。

 受付のお姉さんと言うにはトウの立った中年女性が不愛想に差し出すカードキーを受け取ると、エレベーターで目的の部屋に向かう。


「鈴木さん、慣れてますね」

「い、いや、慣れてるって訳では」


 淫靡いんびな雰囲気の内装が施された廊下を歩き、目的の部屋にチェックインする。

 俺にしたって彼女がいた頃に数回利用しただけだが、佐々木は恐らく初めてなのだろう、物珍しそうにキョロキョロしている。


 本当はマネージャーと来たかったんだろうと思うと心が痛むが、時間が経って彼女の心の傷が癒えればそれも不可能ではあるまい。

 その時にオドオドするよりは一度経験しとくのもいいだろう。

 ともかく今はその元凶の木寺を何とかしなくては。


 俺は改めて作戦の成功を祈りながら、ソファに腰かけるとテレビのリモコンを手に取った。


「さて、とりあえず、野田さんから連絡来るまでテレビでも見てようか」

「そ、そうですね」


 佐々木もソファに腰を降ろし、一息つく。


「野田さん、大丈夫ですかね? 他の客から泥棒と間違われてませんかね?」 

「まぁ、泥棒には違いないんだけど、プロだからきっとうまくやってくれるよ」


 2人で軽口を叩いていると、思いのほか早くその連絡が来た。

 スマホのバイブが起動したので画面を見ると野田からの電話だ。


「野田さんだ、仕事早いね!」


 佐々木に告げるとタップして電話に出る。


「もしもし?」

『あかん、失敗や』

「えぇっ!?」

『とにかく、すぐ戻ってきてくれます?』


 慌てて受付に電話し、退出を告げると正規料金を支払う事を念押しされる。

 渋々了承して部屋に備え付けの精算機で精算して部屋を出る。

 駐車場で待ち構えるハイエースに乗り込むと、ホテルの向かいのコインパーキングに車を停めた。


「失敗ってどういう事ですか?」

「車にノートパソコンが無いんや」

「そんな!!アパート出る時は持ってたんですか?」

「それは間違いない、ちゃんとこの目で確認済みや」


 佐々木が悔しさをあらわにする。


「じゃあ、パソコン持って部屋に入ったって事ですか? なんて用心深い奴なんだよっ!」

「いや、待てよ、わざわざパソコン持って部屋に入ったって事はもしかしたら、今、まさに脅迫してる所なのかも」


 俺の意見に野田が賛意を示した。


「せやな、多分そうやろうけど…」


 野田は言葉にはしなかったが、言いたい事は分かる。


<それが分かった所でこちらにはどうしようもない。>


 ハイエースの中を沈黙が支配する。


「と、とにかく、監視しましょう!もしかしたら隙を現すかもしれない」


 沈黙を破った佐々木に野田が同調する。


「せやな、焦りは禁物や、や」


 だか、俺には分かっていた。

 期日までに木寺が隙を見せる事はない、この作戦は失敗したのだ。


 1時間後、駐車場から出て来た木寺のレクサスは、この世の終わりのような絶望の表情を浮かべた女を助手席に乗せて、夜の街に走り去っていく。

 俺たちは諦めに支配されたままそれを追ったが、桜公園で女を降ろしたレクサスはそのまま木寺の自宅へと帰ってしまった。

 玄関の前でノートパソコン を小脇に抱えたまま、服に女の匂いが付いてないか確認する木寺を忌々いまいましげに睨みながら、俺はある考えをまとめている。


(待っててもダメだ、隙を見せないなら賭けに出るしかない、危険な賭けに)


 絶望的とも言える状況を前に、不思議と俺の心は落ち着いていた。

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