第59話 -ラブ・ホテル-

 はやる気持ちを抑えて指定された桜公園に着くと、公園脇のパーキングメーターの所に見慣れた白のハイエースが停まっている。

 リアのドアを開けて中に入ると佐々木も既に到着していた。


「木寺は?」

「あそこや」


 スモークのガラス越しに野田が指さす方向を見ると、木寺がしたポーズで足を組んで公園のベンチに腰かけている。


「アイツ、何やってんの?」

「この前の女性を待ってるんじゃないですか?」


 佐々木の予想は当たっていた。

 数分すると、木寺のレクサスの助手席に乗ってる所を写真に収められていたあの女性が、笑顔で手を振りながら駆け寄ってくる。

 それを確認した木寺は立ち上がるとおもむろに大げさなハグで出迎えた。

 驚いたようにハグを受け入れる彼女の笑顔を見ると、これから待ち受けているであろう運命との対比に胸が張り裂けそうで、今から飛び出してぶん殴りたい気分だったが必死で抑え込む。


 木寺は堂々と路駐してあるレクサスの助手席のドアを開けて女性をエスコートすると、颯爽さっそうと運転席に乗り込んで夜の街へ走り出した。


 俺達も車何台分か開けて木寺の後を尾行する。

 木寺がラブホテルに入る事を想定して、運転は俺、助手席に佐々木、後部のオフィスに野田が陣取った。

 木寺の車には追跡用ビーコンが仕込んであるから見失っても問題はないが、初めての尾行に緊張は隠せない。

 急ブレーキ・急発進を繰り返す俺に、野田が後席から声をかける。


「鈴木さん、落ち着いていきましょう!」


 そうこうしていると、木寺の車は交通量の多い幹線道路から外れて、いかがわしい店が立ち並ぶエリアに入っていく。


「ラブホテルに行くみたいですね」

「鈴木さん、ちょっとヤツの車と間隔開けましょうか?」

「了解」


 車通りの少ないエリアに入って来たので、ここからは目視ではなく野田のナビを頼りに尾行を続ける。

 淫猥いんわいな雰囲気の漂う通りを、場違いなハイエースですり抜けて行くと、右手にはこの地域で一番の高級ラブホテルが現れた。


「そこや!間違いない!」


 後続車も居ないので、ゆっくりとホテルの前を通過して駐車場の様子を伺うが、駐車場の入り口に掛けられた目隠しのが邪魔で中は確認できない。

 駐車場で鉢合わせになる事を避けるため、5分くらい周囲をウロついてから駐車場に入った。 

 壁・床・天井は黒で塗装され、折り上げ天井と壁には間接照明の細工が施してあって高級感と非日常が味わえるようなデザインになっている駐車場を、ゆっくり徐行しながら木寺のレクサスを探す。


「ありましたよ!あそこ!」


 佐々木が指さす方を見ると、木寺のレクサスが軽の乗用車に挟まれて停まっていた。

 できれば隣に停めたかったが、人気店だけにそう都合良くはいかない。

 レクサスの左側は軽の隣が壁になっているので、仕方なく右側の4台並んでいる隣に停めた。

 変に空いているより、駐車している車の後ろを通った方が監視カメラ除けになるだろう。


「分かってるやろけど、自然にな」


(自然にホモカップルなんて演じられるわけないだろ!)

 野田の呼びかけに心で突っ込みを入れると、緊張している佐々木をエスコートする。


「じゃ、行こうか」


 後ろを振り返ると、野田は黒のパーカーのフードをすっぽりと被って準備万端だ。


「ワイはお2人さんが出て行ってから5分後位に行動開始しますわ」

「野田さんも気を付けて! 何かあったら連絡下さい」


 俺は緊張する佐々木をの前を歩いてホテルのフロントへと向かった。

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