第58話 -作戦開始-

「きたはらくん、大丈夫?きたはらくん?」


 少年は小さな体に不釣り合いな程大きい車いすの車輪と格闘しながら背中を向けて遠ざかっていく。


「きたはらくん!」


 俺の呼びかけに振り向いたのはきたはらくんの顔が、痩せこけた北原さんの力ない笑顔に変わっていく。


「うわぁああっ!」


 叫び声とともに目覚めた俺は、辺りを見回して現世に戻っている事を確認した。


(どこからどこまでが夢なのやら…)


 深いため息を絞り出すと、目覚ましが鳴り始める前に解除スイッチを押し、スタミナ納豆とベーコンエッグの朝食を済ませると、急いで会社へ向かった。

 きたはらくんの体調不良が、北原さんにもリンクしてるんじゃないかと思うと気が気でない。

 電車を乗り継いで大急ぎで会社に駆け込むと、焦れる様に入り口のドアを開けると大声で挨拶をする。


「おはようございます!!」


 給湯室からひょこっと顔だけ出した北原さんが笑顔で挨拶を返す。


「おはよう、鈴木くん!」

「あっ、北原さん!良かった~」


 崩れ落ちんばかりに安堵を示す俺に北原さんが心配の目を向ける。


「あのね、鈴木くん、わたし…」

「分かってます、期日までにきっと何とかしますから、心配しないで下さい!」

「違うの、鈴木くん」

「へ?」


 間の抜けた声を漏らす俺に、北原さんは意を決したすっきりした表情で語り掛ける。


「わたし、もう鈴木くんに全部委ねる覚悟決めたから。

 だから、結果がどうなっても全部受け入れるから、鈴木くんは絶対危ない事しないでね」


 憧れの女性から全幅の信頼を受けて、体中に電流が走るほどの感動を覚えた俺は、目を潤ませながら返事をすると、感涙が零れ出すのがバレない様に急いで背中を向けて自席に着いた。


(やってやるさ、危ない事でも何でもやって刺し違えてでも北原さんを助けるんだ!)


 俺はいつもの倍の気合いでルーティーンワークをこなすと、猛ダッシュで会社を出て野田の元へ向かった。



**********


「お疲れ様です!動きはあった?」


 野田のハイエースは木寺のアパートを見張れる位置に停めてある。

 リアのドアを開けるなり聞いて来た俺に、野田は驚いたように丸い目を向けた。


「あれ?鈴木さん、今日は会社ちゃいますの?」

「外回りの途中で様子見に来たんですよ、営業マンの特権ですね!

 そんな事より動きは?」

「まだありませんわ、この前渡したスケジュール通りの動き。

 動くのは夜やから、動きあったら連絡しますんで、仕事しとって下さいよ」

「そんな事言われてもこっちが気になって手に付かないんだよね」


 泣き言を漏らす俺を野田が叱りつける。


「鈴木さん、こういうんは辛抱と忍耐が大事なんや。

 仕事でもそうでしょう、堪えて堪えて、もうダメやってなってもその上もういっちょ堪えなチャンスは掴めまへんで」


 意外な叱責しっせきに思わずえりを正す。

 こういう所はさすがに元野球部キャプテンだ、控え選手なのにキャプテンを務めたというのにも納得がいく…。

 妙な感心をしていると、更に野田が続ける。


「いざと言う時に即行動できるように、そっちはそっちで準備しといて下さい。

 ウチらはチームで動いてるんやから」

「はい…」


 グウの音も出ない正論でさとされて、あとはよろしくと頭を下げて外回りに戻る。


 その後、仕事を終えて佐々木も含めて再合流したが、結局木寺は仕事場のアパートから自宅へと直帰し、俺と佐々木は愚痴を言い合いながらナックルカーブの練習をして帰るハメになった。


 それから空振りの日々が続いて、タイムリミットまであと2日となった日の夕方。

 日ごとにつのる焦りに身を焦がしそうになりながら、退社の準備をしていると、野田からメールが入った。


『動きあり。大至急、桜公園に集合』

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