第57話  Wheelchair(車いす)

「あれは仕方ないわ、あんなん打たれたらお手上げだから気にすんなよ」


 今日は登板の無かった先輩投手の秋田から慰められながら、球場裏の駐車場へと向かう。

 俺はホームランを打たれた後代えられたが、試合は後続を抑えたLoosersがその裏にサード高橋のサヨナラホームランで劇的勝利を飾り、両チームのファンにとっては興奮の試合展開となった。

 

 確かに下村しもむらのヒットも八名田やなたのホームランも、もう一度やれと言われても難しいものだろうが、俺にとっては関係ない。


(久しぶりにきたはらくんが応援に来てくれたのに、それを裏切ってしまった…)


 その事が悔やまれて仕方ない。

 いつもなら勝っても負けても試合後の駐車場に見送りに来ているはずだが、今日も来ているのだろうか?

 来ていたとしても合わせる顔がない。

 そんな事を思いながら球場の通路から駐車場に出ると、フェンス越しにきたはらくんの弱々しい声が聞こえて来た。


「ささき~」

 

 いつもと違う雰囲気を感じて声の方を見ると、きたはらくんが車いすから必死でこっちに手を振っている。

 傍らに付き添っている優しそうな女性はお母さんだろうか、心配そうに少年の様子を見守っていた。


「きたはらくん、どうしたの!?」


 急いでフェンス際に駆け寄ってみると、包帯はどこにも巻いてないが、心なしかやつれている様に見える。

 俺はお母さんの方を向いて改めて尋ねた。


「きたはらくんのお母さんですよね? どうされたんですか?」


 母親が困ったような表情を浮かべて我が子を見ると、少年は母親に向けて目で合図を送る。


「いえ、ちょっと体調を崩してて…、さぁ、体に障るからもう行きますよ」


 明らかにちょっとどころではないが、今の様子を見るときたはらくんの方が黙っておきたい様だ。

 後半の言葉を我が子に向けて言うと、車いすを回転させてその場を離れる。

 途中で一度振り向くと、きたはらくんは弱々しい声で精一杯のエールをくれた。


「ささき~、まけるな~」


 去っていく親子の様子を胸にしこりを残したまま眺めていると、秋田が迎えにやってくる。


「あの子、どうしたんだ? 具合悪そうだったけど」

「それが、よく分からないんですよ」

「そっか…、まぁ、いずれにしても、俺達がファンに出来るのはいいプレイを見せる事だけだ、お前もいつまでもクヨクヨ引きずってないで、自分のプレイであの子を元気にさせてやれ!」

「はい!」


 いつもふざけている秋田は、意外に真面目なアドバイスを俺に送ると、愛車の10年落ちのBMWへと向かう。


(そうだな、次こそいいプレイをして、きたはらくんに元気になって貰おう!秋田さんもたまには良い事を言うんだな)


 少し心が軽くなった俺も、秋田に続いてBMWの助手席に乗り込む。

 そこに置いてあったスポーツ新聞を何の気なしにめくると驚きの見出しが飛び込んで来た。


『町上、エンジェリーズ移籍!!』


「えぇっ、先輩、これ!」

「何だよ今更、昨日の夜からスポニューで騒いでただろ」

「え、でも、町上ってまだ二年目でしょ?」

「まぁ、終盤にCS争いしてるチームが下位のチームから引き抜くってのはよくある事だけど、二年目でそこまで期待されてるってのはすげぇよな」


 やはりこっちの世界の常識は俺の常識とは少し違っているようだが、それにしても驚いた。

 俺が押し黙っていると、秋田が続ける。


「トラウトン、小谷、町上なんて並びは、ぶっちゃけ止めてもらいたいよな…。」

「そうっすね…」


 おざなりな相槌あいづちを打つと、車窓を流れる街の灯りに眼を向ける。

 秋田の心配は痛い程理解できたが、俺はライバルにどんどん先に進まれている様な気がして打たれる心配どころではない。

 それ以上に今日のきたはらくんの様子が北原さんに重なってきて、そっちの方の心配の方で心が押しつぶされそうになる。

 弱気になりかけた俺の心に、去り際のきたはらくんのエールがこだまして勇気を取り戻す。

 

(まけるもんか!)

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