第56話 Failure(失敗)

『ピッチャー、渡辺に代わりまして、佐々木、背番号18』


 無機質な声が投手の交代を告げ、勝利への確信を得た球場は割れんばかりの大歓声に包まれる。


「佐々木さん、今日も頑張って下さいね」


(佐々木さん!?)


 意識を覚醒した俺の目に飛び込んできたのは、カクテルライトに照らされた美しい人工芝のグランドだった。


(こんな時にこっちに来なくても…)


 心の中で愚痴ぐちってはみたが、転生するタイミング・戻るタイミングは自分ではどうしようもないらしい。


「佐々木さん?」


 リリーフカーを運転する女性は、リアクションの薄い俺を気遣う様に声を掛けた。

 Loosers本来のリリーフエースである藤田がピッチャー返しをすねに受けた影響で二軍調整の間、俺が代理の守護神役を仰せつかっているのだ。


「大丈夫です、バッチリ抑えます!」


 俺はその女性に大見得を切ると、マウンド手前でリリーフカーを降り、状況を確認しながらゆっくりとマウンドへ向かった。

 5-3の2点リードで9回表のハードバンクの攻撃だが、生憎あいにく一番からの好打順で今や球界最高打者の称号をエンジェリーズのトラウトンと争うまでになった三番の八名田やなたまで確実に回ってくる。


「藤田が戻ってくるまで、お前がこのマウンドを守れよ!」

「うっす!」


 キャッチャーの小島のげきに短く気合の返事を返すと、集まっていた内野陣が一斉に守備位置に戻る。


 史上最速と噂され絶賛売り出し中の一番打者周西しゅうせいは、現在連続試合盗塁の日本記録を狙っている。

 試合経過は分からないが、打席に入った周西の余裕を見るにこの試合でも盗塁を決めてノリにノッているといった所だろう。

 こんな選手を塁に出してしまったら八名田との勝負どころではない。

 俺は打者を観察しながらボールを指先に馴染ませる。

 小島のサインはインローのストレートだ。

 打者を焦らす様にわざとゆっくりと振りかぶると挨拶代わりのストレートを膝下に投げ込んだ。


「ストライッ!」

 審判の派手なジェスチャーと共に、スコアボードに球速が表示される。


【158km/h】


 マックスには物足りないが、指に馴染んだボールにはこれまで以上のスピンが掛かっている手応えがある。

 2球目のインハイのストレートで空振りを奪うと、3球目に再びインローにボール気味のストレートを投げ込む。

 窮屈きゅうくつなスイングでかろうじてバットに当たったボールが一塁線に力なく転がった。

 もう少し打球が強ければ危なかったが小島が冷静に処理し、幸先よくワンアウトを稼ぐ。


 次の打者は打撃職人の下村晃しもむらあきらだ、周西を塁に出さずに済んだ事にホッとする間も無く次から次へと嫌な打者が出てくる。

 こういう所が、優勝争いの常連チームの総合力の高さだ。


 相手の間合いにならない様、マウンドで肩を回して自分の間に持ち込む。

 小島のサインはインコース膝下からボールになるスプリット。

 周西への3球で今日の俺のストレートがキレてる事は向こうも分かっているはずだから、その裏をかくつもりだ。


 俺はまたもゆっくり振りかぶると思い切り腕を振ってスプリットを投げ込む。

 膝下からストンと落ちるボールにまんまと引っかかって空を切るかと思われた下村のバットが、驚異のバットコントロールでボールにコンタクトした。


(げっ、当てるのかよ!?)


 下村はバットを振り切らずにチョコンと当たっただけだったが、ボールの勢いを利用した打球は、ジャンプしたショート鈴本の頭上を抜けるシングルヒットとなった。


 お役御免で代走と交代する下村を茫然と眺めていると、内野陣がマウンドに集まってくる。

「あれはしゃーない、下村が上手すぎる、切り替えてくぞ!」


 小島が気落ちしかけた俺を鼓舞する様に掛け声を掛けると、鈴本がグラブを上げて詫びのポーズを取る。


「すまん、捕れなかった」

「あれは取れないっすよ、次抑えますから大丈夫っす!

 もし飛んで来たらダブルプレーお願いしますよ!」

「おう、任せろ!」


 俺の強がりに鈴本が答えて内野陣が守備位置に戻っていく。

 そして、俺達が守備位置に就くのを見届けてからゆっくりと左打席に入って来たのは、打撃三部門全てでトップ争いを繰り広げる八名田だ。


(負けるもんか!)

 必死に気持ちをふるい立たせようとする俺の耳に、あの声が聞こえて来た。


「がんばれ~! ささき~!!」


(きたはらくんだ!)


 ここの所全く球場に姿を現さなくなっていたので見放されたのかと心配していたのだが、声を振り絞って応援してくれている。


(よしっ、三振にとってやる!)


 やる気を全身にみなぎらせて睨みつける様に小島のサインを見る。

 初球はインハイのストレートだ。


 横目で1塁ランナーを確認すると、クイックモーションで八名田の胸元にストレートを投げ込む。

 ボールが指先を離れた瞬間、スピンの効いた球が高めのボールゾーンに外れて行くのが分かった。


(ちっ、気負い過ぎたか)


 そう思った瞬間だった。

 上体をややらせた信じられない体勢のままフルスイングした八名田のバットが一閃いっせんし、弾かれた打球は弾丸ライナーで外野スタンドに飛び込んで行った。

 茫然ぼうぜんと振り返る俺の目に、スコアボードがアウェイチームの同点弾を控えめに祝福するのが映った。

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