第55話 -ゲイ・カップル-

 野田が差し出したのは、さっき佐々木がバッセンでのピッチングの前に見せてくれた写真だ。

 どの写真も木寺のナルシスト振りがにじみ出ていて、反吐へどが出そうになる。

「これが何?」


 しかめっ面で写真から目を背ける俺に野田がさとす様に返す。

「ヤツが持っとるもん、よう見てくださいよ」


 全ての写真を並べて見ると、どの写真も同じノートパソコンを持って映っている。

「あ、ノートパソコン!」


「そう、これまで調べた限りやと、ヤツはそのノートパソコンとそこに刺さっとるUSBメモリだけはネットに繋げとらんのです」

「じゃあ、そのパソコンにデータが入ってるのか…」


 すると、これまで黙っていた佐々木が重々しく口を開く。

「でも、そのパソコンの中のデータをどうやって入手したり削除したりするんですか?」

「どうやってって、それは…、どうやるの?」


 すがる様な俺の目線を感じ、野田が視線を外す。

「それをこれから相談したいんやけど…、まず、あれを見てもらえます?」


 野田が指差したのは、最初にモニターに映したグーグルマップだ。

 最初に見た時は赤い点が静止していたが、今はマップの中を動いている。


「それって、もしかして…」


 佐々木の問いかけを察して野田が答える。

「そう、木寺の車の位置。

ヤツは公共交通機関は使わんと、ほとんど自家用車やから、追跡用のビーコン仕込んだったんや」


 犯罪スレスレと言うよりは、もはやこちらが犯罪者の領域だ。

 だからと言って木寺を野放しにする気も毛頭ないが、一抹いちまつの不安が残る。

「つまり、尾行して隙を見てパソコンを盗むって事?」


 不安げに質問した俺に佐々木が同調する。

「盗んだりしたらバレた瞬間に逆上してヤバい事になりませんか?」

「ちゃうちゃう、盗むんはデータだけや。

あのパソコンの型番特定したんやけど、無線LANはオンボードのタイプやから、数分あればワイのモバイルWIFIに接続する様設定して、こっちから操作できる。

USBはコレに差し替えておけば、データクラッシュした様に見せられるはずや」


「数分か、ね」

「数分か、ですね」

 俺と佐々木は、真逆の意見を同時に漏らし、気まずそうに目を見合わせる。


「せやな、2人とも正解や」

 野田はかどが立たない様に曖昧あいまいな言い方をすると、コピー用紙を手渡して来た。


「木寺の一日のスケジュールや、奥さんには商社務めやと嘘いとるから、毎朝8:00に車で出勤」


 コピー用紙にはご丁寧に出勤時の写真も添えられているが、そこに映る木寺も小脇にしっかりとノートパソコンを抱えている。


「ほんで、例のアパートに直行してお昼まで作業してから、ちょっと早めの11:30に昼食に出かける」


 写真を見ると昼食に出かける木寺の手にもしっかりとノートパソコンが握られている。


「昼飯にもノートパソコン持っていくの!?」

「じゃあ、昼食の間にアパートに忍び込んでも意味がないって事ですね?」

「全く意味ないっちゅう事はないやろけど…、まぁそれは最終手段やな。

ほんで、昼食後はまた夕方までアパートにこもって作業、と」

「ここまではノーチャンスっぽいね」


 俺の指摘に野田が頷きながら、憤慨ふんがいした様に答える。

「ヤツが動きよるんはここからですわ!次めくってみて下さいよ!」


 コピー用紙をめくると、若い女性を乗せた木寺のレクサスが瀟洒しょうしゃなネオンサインを灯したラブホテルに入る所が映っている。


「これ!?」

「恐らく次のターゲットやと思います」


 野田の言葉も終わらないうちに佐々木が手にしたコピー用紙を床に叩きつけた。

「あのクソ野郎!!」


「落ち着け、佐々木!」

「は、はい」

 野田の叱責しっせきに、佐々木は素直に応じる。

 俺は雰囲気を変える為に希望を口にした。


「でも、これ、俺らからしたらチャンスかもしれないね。

 まさか、ラブホテルの部屋にまでパソコンを持って行かないでしょう」

「あ、そうか」


 野球一筋でこれまで過ごして来た佐々木にはまだそういう経験が少ないのだろう、言われて初めて気づいたようだ。


「そういうこっちゃ、狙いはラブホでのや」

「でも、ああいう所の駐車場って監視カメラ付いてるんじゃない?」

「せやから、3人要るんですわ」

「どういう事?」


 戸惑う俺と佐々木に野田が説明を開始する。


「監視カメラ付いとる言うても、チェックするのは新規の来客が来た時だけや。

 車降りて建物に入ってしまえばもう後はチェックせぇへん、せやから、佐々木と鈴木さんでゲイのカップルを装って先に降りてくれれば、後はワイがやっときますんで、お2人さんは楽しんでくれればええですわ」


 自信たっぷりな野田の説明を聞きながら、俺と佐々木は目を見合わせ唖然あぜんとした。


「ちょ、楽しむって何言ってんの?俺達そんな関係じゃないよ!!」

「そうですよ、先輩、何言ってるんですか!!!」


 焦って否定する俺と佐々木を見て、野田も焦って弁明する。


「い、いや、楽しめ言うたんはそんなつもりやのぅて、あれや、言葉のあや言うやっちゃ! とにかく、明日から日中はワイが見張っとるから、2人は会社終わったら出来るだけ早く集合する事、ええな?」


 誤魔化すように強引に締めると、その日の作戦会議はそこでお開きとなった。

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