第54話 -作戦会議-

「は、初めまして、鈴木です」


 俺の驚愕きょうがくの表情を、野田はオフィスへの驚きだと理解した様だ。


「驚きはったでしょう、こないないかにもな車って初めてやないですか?」

「い、いやぁ、映画の世界みたいで、こういう車って本当にあるんですね~」


 おためごかしの挨拶もそこそこに佐々木を見ると、俺の反応を予測していたのだろう、ニヤッと唇の端をあげてやり取りを見ている。

 俺は肘で佐々木の脇腹を小突きながら小声で尋ねる。


「あ、あの、佐々木くん…、野田さんは僕たちの事どこまで?」

「会社の関係としか知らないはずです、あっちの事は…」

「なんや?あっちって?」


 野田が俺たちの会話に鋭く首を突っ込んでくる。


「あ、いや…」


 しどろもどろになっていると、佐々木が素早くフォローする。


「僕たち、なんですよ!」

「そ、そう!キャッチボール友達!」


 俺もすかさず合いの手を入れる。

 野田は不審げに俺と佐々木を交互に見つめていたが、やがて合点がいった様にうなずいた。


「そっか、せやからこないな所におったんやな、それにしてもお前…」


 佐々木を見つめて目に涙を浮かべていた野田が俺の方を向きなおる。


「鈴木さん、ほんまありがとうございます。こいつあないに野球大好きやったんに、あの怪我以来一切野球に関わらんようなってしもーて…。でも、そうか、キャッチボールか、うんうん!」


 野田は嬉しそうに何度も頷いている。

 どうやら相当情に厚い男の様だ、こういう人間との縁に恵まれるのもまた佐々木の人徳なのだろう。

 少し胸の奥が熱くなったが、今はそれよりももっと大事な事がある。


「まぁ、あの…、キャッチボールは置いといて、今日は木寺の件をどうするかって話で」

「そうや、あのクソ野郎! 絶対ブタ箱にブチ込んでやるさかい、覚悟しとけや」


 野田はそう言うと、キーボードを叩いて正面のモニターに地図を表示させる。

 地図はありふれたグーグルマップだが、画面の中心に赤い点が転滅して止まっていた。

 説明を待っていると、野田は更にキーボードを叩いて別のモニターにウェブサイトを表示させる。

 それは、昨日佐々木に見せてもらったディープフェイクを集めただった。


「鈴木さん、ディープフェイクの事は佐々木から聞きはったんでしょ?」

「はい」

「このサイト、木寺が運営しとるんですわ」

「木寺がこのサイトを??」


 野田の説明によれば、木寺はウチの会社を辞めて以降は、中華系企業の犬となっての脅迫行為以外に、奥さんに内緒でアパートを借りてそこでアダルトサイトの運営をして日銭を稼いでいるらしい。


「そんでヤツのパソコンをハッキングしてメールの履歴調べたんやけど、どうもサイトの閲覧者からのリクエストに答えてアイドル以外に一般人のディープフェイクも闇で販売しとるらしいんや」


 サイトはあくまで技術力をアピールする為のもので狙いはそっちのようだ。

 自分だけで楽しむ者も居れば、木寺のように悪用する奴も居るのだろう。


「ただなぁ…」


 野田が眉を八の字にして、大げさな困り顔を作る。


「ヤツはネットのセキュリティーを信用しとらんみたいで、クラウドにもパソコンにもデータを残しとらんのや、ネットに繋がってないパソコンを持ってて重要なデータはそっちで管理しとるみたいなんやわ」

「じゃあ、ウチの先輩のデータは?」

「多分そっちや。あと、中華系企業とのやり取りしとるデータもそっちにあるみたいなんや」

「マジかぁ、じゃあ、どうすれば…」


 どんな高度な技術を持ったハッカーでもネットに繋がってないものに侵入はできない。

 頭を抱える俺に野田が救いの手を差し伸べる。


「ほんで、これですわ」

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