第53話 -援軍-

「凄いじゃん、これ!!!」


 俺は興奮で目を輝かせながらマウンドの佐々木の元に駆け寄った。


「うまく指にかかるともっと早く鋭く曲がりますよ、でも、まずはリリースの感覚からです! 僕、キャッチャーやるんで投げてみてください」


 佐々木は俺の興奮を軽くいなして、キャッチャーミットを付けるとホームベースへ向かう。

 ドッシリと構えた佐々木のミット目掛けて見よう見まねで投げてみるが、思ったように変化してくれない。

 結局、50球くらい投げた所で俺の握力が限界を迎え、この日の練習はお開きとなった。


「この球、指の力相当使うね」

「そうですね、特に試合終盤だと連投とか出来ないんで、使う場所は考えないといけませんね」


 汗を拭きながら、壁に掛かっている時計を見ると、21:30になろうとしていた。

佐々木にとっては久しぶりのキャッチボールだったのだろう、気分が高揚こうようしているように見える。


「そうだ、これから会う佐々木くんの先輩ってどういう人なの?」


 俺は気になっていた事を聞いてみた。


「僕が高一の時に三年で野球部のキャプテンやってた人なんですよ。

 実力はちょっと、その…あれだったんで控えだったんですけど、とにかく人望のある人でした。

 学生の頃からパソコンオタクで、自分のパソコンでとか相手のクセの分析とかやってて、コーチングが超一流だったんですよ」

「動作解析か、今は高校でもそんな進んでるんだね」


 佐々木はとんでもないと言いたげに首を振る。


「そんな事やってるの、その先輩だけですよ。

 さっき興信所の書類見せたでしょ?今はそこでネットとかIT関連の調査を任されてるらしいです」

「その人、野球部のキャプテンだったって言ってたけど、じゃあ…、マネージャーさんの事は?」

「えぇ、知ってます。最初は先輩がその興信所に居る事は知らなかったんですよ、会ったのも所長だけだったし。

 でも、調査の過程で偶然マネージャーの事を知ったんでしょうね、報告書を受け取る時に同席して『お前が訴えるつもりならなんでも協力する』って、先輩も物凄く怒ってましたから」

「そうか、それは心強い味方だね」

「はい!」


 返事をしてバッティングセンターの駐車場に目を向けた佐々木の視線が一台の白いハイエースに停まった。


「あ、あれです、来ましたよ」

「え、ここに呼んだの?」

「はい、先輩のオフィスはあれなんですよ、鈴木さんの話したら、オフィスで話した方がいいだろうからこっち来るって。とにかく行ってみましょう」


 俺は手早く会計を済ませると、佐々木の後に続く。

 一見どこにでもある白のハイエースだが、フロントと運転席以外のガラスにはスモークが貼られ、中の様子を伺い知る事は出来ない。

 佐々木がリアのドアをノックして開けると、先輩のオフィスだと言った意味が理解出来た。

 後席をフラットに倒し、両サイドと前面に備え付けられた棚には見慣れぬ機材が整然せいぜんと詰め込まれ、前面の棚にある3台のモニターには監視カメラの映像の様なものが映っている。

 まるでスパイ映画の世界さながらだ。


「お疲れ様です、先輩」


 佐々木は先輩に挨拶すると、物珍し気に口を開けて車内を見回している俺にその先輩を紹介する。


「鈴木さん、こちら、先輩のさん」


(え??)


「散らかしっ放しですんまへんなぁ、初めまして、です」


 振り返って俺に握手を求めるその男の腹も、あっちの世界の同様でっぷりと張り出していた。

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