第52話 ーナックルカーブー
金曜日の夜というのに、バッティングセンターはガラガラだ。
仕事を終えた俺は、北原さんの心配そうな視線を背中に感じながらそそくさと会社を後にして、一目散にバッティングセンターを訪れると、こうして佐々木の来訪を待っている。
今日は
と言っても、俺としては北原さんを救うだけじゃなくて、なんとか木寺にも制裁を加えたい。
佐々木のマネージャーの話を聞いて怒りは更に倍増している。
マウンドの後ろのパイプ椅子に腰掛けてまんじりともせずに待っていると、10分ほどで佐々木がその長身を
大きい手には角2の分厚い茶封筒が握られている。
「お疲れ様です、すみません、待ちましたか?」
「いや、今来たとこ」
彼女にでも使う様な気遣いを見せて、パイプ椅子とさっき自販機で買った無糖の缶コーヒーを勧める。
「ありがとうございます」
佐々木はコーヒーを受け取ると早速本題に入る。
「これ、興信所からの資料です」
渡された茶封筒の中には写真や行動記録を
胃の辺りから込み上げてくるムカムカを抑えながら写真に目をやると、相当なナルシストなのだろう、ノートパソコンを小脇に抱えて誰にともなくポーズを取っていたり、これみよがしにカフェでノートパソコンを操作して出来る男を気取っている。
写真を見てるだけで怒りが再燃して来る。
「佐々木くん、俺、思ったんだけどさ、ウチの先輩を救うだけだときっとコイツまた他所でやると思うんだよ、だから、きっちり制裁出来ないかな?」
佐々木の怒りは俺以上の様だ、いきり立つ様に言い放つ。
「もちろんですよ、刑務所にブチこんでやります!」
「刑務所に!?それは…、そうできればいいけど、どうやるの?」
「産業スパイの証拠を掴んで告発するんですよ!」
「え?でも、それで裁判とかなったら証拠品でパソコン押収されて先輩の動画とか色んな人に見られちゃうんじゃないの?」
「だからまずその動画や写真を削除するんですよ!」
「あ、そういう事ね」
佐々木はマネージャーの事もあるから、その辺は俺以上に慎重な様だ。
「その方法について、先輩から話がしたいそうなんです」
「よし、分かった!」
とは言え、その先輩とやらが帰宅するにはまだ時間があるらしい。
「なんかこういう待ち時間ってヤキモキするね」
そわそわしている俺に佐々木が答える。
「ヤキモキしてても仕方ないですよ、せっかくブルペンあるんだから体動かして脳を活性化しましょう!ナックルカーブの練習もしますよ!」
甲子園の期待の星から怪我で挫折という経験のせいだろうか、佐々木は未成年の癖に達観してる所がある。
「よし、やろう!」
2人でマウンド向かうと、まずは握りを見せて貰う。
「中指を縫い目にかけ親指と挟む様にボールを握り、人差し指はナックルの様に爪を立てて、リリースの時に弾くんです」
「へぇ、抜くわけじゃないんだね」
「人差し指をボールに触れない様にして抜いて投げる人もいますけど、僕の指の長さだと弾くのが合ってる感じですね」
短い指で握りを試行錯誤してると、佐々木が苦笑を浮かべている。
「じゃあ、一球投げてみましょうか?」
「うん、是非」
あっちの世界で佐々木になってる時は投げる側だから、キャッチャー目線で自分がどんなボールを投げているのか興味深い。
俺はキャッチャーミットを持ってイソイソとホームベースに向かうと両膝を立ててミットを構える。
「右手は危ないから後ろにやってて下さい!」
佐々木の注意に慌てて右手を体の後ろに回す。
「行きますよ~」
合図と共に長い足を高々と上げ、状態から連動してしなやかな筋肉がムチのようにしなって行く。
肩の怪我があって投げるのが怖くなったという佐々木の事だから、半分も力を入れていないはずなのにその迫力に恐怖すら感じる。
(来る!)
ギリギリまで球の出所が分からないように訓練されたフォームから白い塊が見えた瞬間、それが俺の左側のボールゾーンに外れる軌道に見えた。
(やば! 捕れねぇ)
そう思った瞬間、ボールがまるで生き物のように鋭く曲がって、全く反応出来ずにど真ん中に置いたまま俺のミットに吸い込まれた。
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