第51話 ー共闘ー

 願っても無い共闘きょうとうの申し出だ。

 木寺きでらの下の名前すらうろ覚えの俺より遥かに情報に詳しいだろう。


「うん、ぜひお願いするよ!」

「そうと決まったら、ぜひ会って欲しい人が居るんですよ、明日、会社終わったらどこかで会えませんか?」


(ま、まさか、マネージャーさん?)


 狼狽うろたえる俺に構わず佐々木は話を続ける。


「実は僕、1人でもやってやろうと思って色々動いてたんですよ、興信所に木寺の素行調査させたりとか」

「え?もうそんな事までやってたの!?」


(なんとかなるかも知れない)


 にわかに希望の光が射し込んできた様に思えた。


「ただ、僕もネットの事とかデジタル関係はあんまり強くないんで、そういうのに詳しい先輩にをお願いしてるんです」

「じゃあ、明日はその人に会うんだね」

「はい!もともと明日会う約束してたんですけど、信頼できる仲間が欲しいって話してた所だったんで、鈴木さんなら願ったり叶ったりですよ!

 でも、約束の時間が遅いんでその前に2人で会って作戦会議しておきませんか?」


 そういう事なら場所はあそこしかない。


「じゃあ、あのバッセンでどう?」

「良いですね!」


 佐々木は俺の提案を快く快諾かいだくしてくれた。


「そういえばさ」


 野球用語の登場で急に野球モードが芽生めばえて、例の疑問を思い出した。


「佐々木くんって、昔ナックルカーブ投げてたの?」


 佐々木は拍子抜けした様な表情を見せて触れたくない様な感じで答える。


「一年の時にちょっとだけ…、怪我する前に、ちょっとだけです」


 そういえば野田が、ナックルカーブ投げ始めてからすぐ怪我したからトラウマになってるんだろう。と言っていた。

 怪我の前後はマネージャーさんとの思い出の多い時期だ、今思い出したい事ではないのだろう。


「あ、ごめん、変な事聞いちゃったね」


 話を打ち切ろうとしたが、佐々木は気を使って話を続けてくる。


「いや、大丈夫です、ナックルカーブがどうかしましたか?」

「二軍監督の野田さんがお前にぴったりの変化球だから投げてみろって」

「あぁ、野田さんか…」


 佐々木はあっちの世界では球団職員の鈴木だから面識もあるのだろう。

 ニヤっと笑うと意外な提案をしてきた。


「分かりました、確かにあの球は僕に合ってると思いますよ、明日からあのバッセンで僕がコーチしましょう」



************


 深夜まで佐々木と話をしていたせいで翌朝は寝不足だったが、気分はすっきりしていた。

 目覚ましが鳴る前に安物のベッドからい出ると、お湯を沸かす間にシャワーを浴びる。

 シャワーから戻ると、100円ショップで買ったフライパンに油を敷いてベーコンを並べ、卵2つを割り落とす。

 水を入れて蓋をして蒸し焼きにする間に、ご飯とスタミナ納豆・インスタント味噌汁の準備をする。

 少しだけ豪華になった朝食を、盛な食欲で平らげると、いつもより早めに家を出て会社に向かった。


 ここ数日は俺が一番乗りだったが、今日は入口の鍵が開いている。

 期待に胸を膨らませて、ひと際大きな声で挨拶をした。


「おはようございます!!」


 給湯室からひょこっと顔だけ出した北原さんが笑顔で挨拶を返す。


「おはよう、鈴木くん。」

「あっ、北原さん!おはようございます!一番乗りだと思ったのに!!」

「ふっふっふ~。」


 昨日までの暗さは影を潜め、何気ない会話だが日常を取り戻した様で心が弾む。


(だけど、まだだ! あと一週間で木寺の野郎をどうにかしないと、本当に取り戻した事にはならない。)


 俺の不安を察したのか、北原さんが心配そうに声をかける。


「ねぇ、鈴木くん、昨日の事だけど、本当に無茶な事だけはしないでね。」

「分かってますよ!でも、もしかしたら北原さんに答えにくい事を聞く事があるかも知れませんけど、その時は協力してくれますか?」

「もちろんよ、わたしの事なんだから!」


 こういう時は、全て任せろ!と言うより協力をお願いする方がスムーズだ。


「じゃあ、OKです。」


 親指を立てる俺に笑顔を返した北原さんが、淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを手渡しながら、申し訳なさそうに切り出した。


「最近、キャッチボール行ってなかったけど、久しぶりにどう?」

「あ、今日はパスです、ちょっとがあるんで。」

「秘密特訓!?」


 目を丸くして驚く北原さんに笑顔を返し、コーヒーを手にデスクに戻る。


(よーし、やってやる! ナックルカーブも木寺の野郎もやってやるぞ!)

 俺は背中に熱い決意をみなぎらせて、書類仕事と格闘を始めた。


(鈴木くん、それ言っちゃったら秘密じゃないよ。)

 北原さんの心の声は、もちろん俺には聞こえてはいない。

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