第50話 -ディープフェイク-
「ディープフェイク??」
耳慣れない言葉にピンと来てない俺を見て、佐々木が説明を始めた。
「アイコラってあるでしょ、アイドルの顔写真をAV女優の裸に貼り付けるヤツ」
それならネットで見た事がある。
最初はアイドルの流出写真と聞いて驚いたが、後から合成だと聞いて更に驚いた記憶があった。
「最近ではそれを動画でやってるんですよ」
「動画を合成なんてできるの?」
「合成してる訳ではなくてAIで加工してるそうです、もともとはハリウッドとかの高等な映像技術らしいんですよ」
「へぇ…」
俺には全く未知の領域だ。
(でも、そんなので本当に本人も見分けつかない様な映像が出来るのか?)
半信半疑でいると、佐々木が何やらスマホを操作して、俺に見せて来る。
俺はそれを見て仰天した。
スマホの中では、今をときめく若手女優のYが妖艶な笑みを浮かべて楽しそうに男の下半身に奉仕する映像が流れているではないか。
「な?これって、あのY???」
「よく見るとちょっと違うんですよ」
もう一度スマホを借りてよく見ると、確かにパッと見は本人そのものだがパーツ単体だとちょっと違う気がする。
「本当だ…、でも、偽物だって言われて見るから分かるけど、いきなりお前の隠し撮りだって言われて見せられたら…」
「恐らく暗い飲み屋のカウンターとかで数秒間だけ見せたんでしょう、普通の女性ならパニックになって冷静さを失うはずですし、ましてやお酒も入ってれば偽物だと見抜けないでしょうから」
佐々木は努めて声のトーンを落として話しをしているが、言葉の端々から漏れ出す怒りは隠しきれない。
スマホを受け取ると
「じゃあ、偽物かもしれないんだね…、でも、本人からすればたとえ偽物でも…」
「そうなんですよ!例え偽物でも、こんなもの会社にバラ撒かれたらその人は会社の人から性的な目で見られるようになってしまう」
佐々木が声を荒げて言い放った事は、まさに北原さんが心配し俺が恐れている事だ。
それにしても、なぜ佐々木はこんなに詳しいのだろう?
「佐々木くん、やけに詳しいけど、もしかして…」
ズバリ聞くのも悪い気がして言葉を濁す。
「木寺のいつもの手口なんですよ!」
怒りに任せて足元の雑草を蹴り上げた佐々木が冷静さを取り戻すのには、さして時間は掛からなかった。
佐々木によれば、彼が今回の様な事をやるのは初めてではないらしい。
直近では数ヶ月前に、同じ手口で産業スパイをさせられて顧客名簿を流出させた上、それが会社にバレて略式起訴の上クビ、更に動画まで社内にバラ撒かれるという憂き目にあった女性が居るそうだ。
「それは酷いね…、でも、そこまでやられたなら木寺の指示だったって訴えてやれば良いのに」
「彼女、残務整理と私物の引き取りに出社した時に、自分の上司がその動画を見てるのを見てしまったそうなんです、彼女はその夜に手首を切って自殺を図りました…。
幸い命に別条はありませんでしたけど、今でも人前に出るとその人が自分の動画を見てるんじゃないかって強迫観念で震えが止まらなくなるそうです。
そんな彼女に訴えて裁判で戦おうなんて言えませんよ」
「その人って、佐々木くんの…」
質問を察した佐々木が先回りして否定する。
「彼女じゃありません…でも」
俺は無言のまま佐々木を見守る。
言いたくなければ言わなくてもいい、吐き出したい事だけ吐き出せば良いのだ。
「でも、大切な人です。
彼女…ウチの野球部のマネージャーだったんです。
一学年上で、いつも弟の様に世話をやいてくれました…、僕が怪我して自暴自棄になって部活に行かなくなった時も俺を支えてくれて…」
大粒の涙を目から溢れさせる佐々木に、俺は無言のまま何度も頷く。
佐々木はしばらく声にならない嗚咽を繰り返した後、大きく息を吐いて生気を取り戻した目を俺に向ける。
「鈴木さん、手伝わせて下さい、彼女の敵を討ちたいんです!一緒に戦わせて下さい!」
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