第48話 -脅迫-
「え?【辞表】!? 北原さん会社やめるんですか???」
顧客の情報か何かだと思っていたので拍子抜けして間の抜けた質問をしてしまったが、北原さんはそんな俺の間抜け顔をじっと見つめて何やら
「北原さん!話してください!」
「鈴木くん…、これは鈴木くんには…」
『関係ない』北原さんがそう告げる前に、被せる様に畳みかける。
「北原さん、いつも俺の球受けてくれたじゃないですか!
今度は俺にも北原さんの事受けさせて下さいよ!!
どんな球でも俺受け止めますよ!!!」
精一杯の思いのたけをぶちまけたが、北原さんはリアクションを返さない。
(だめか…)
諦めかけて下を向いた俺に柔らかな声が降りかかった。
「鈴木くん、わたしの事をスパイだと思ったんでしょう?」
ハッとして見上げると、北原さんの表情からは先ほどまでの思い詰めたような硬さが消え、吹っ切れたとも諦めたともつかない様な弱々しい笑みを浮かべている。
「いや、そんな事…」
「隠さなくていいのよ、たぶん上の人達もそう思ってるんじゃないかな…」
「いや、そんな事…」
情けない答えしか返せない自分に腹が立つ。
「鈴木くん」
「はい!」
「わたしの事信じてくれる?」
「当たり前じゃないですか!俺だけは絶対に北原さんの味方です!!」
「わたし、バカだったのよ」
一度下を向いてフーッと息を吐いてから北原さんが話し始めた内容は、俺にとっては聞きたくない話だった。
北原さんと木寺が初めて会ったのは、彼女が新卒で採用された18歳の時。
営業部に配属された北原さんの教育係に選ばれたのが、当時新婚だった木寺だった。
「ほら、18歳くらいの頃って大人の世界に憧れるじゃない?
あの頃のわたしには、あの人の軽薄な所も大人の余裕みたいに映ってたの」
「北原さんって、その…木寺と?」
北原さんが表情を硬くして頷く。
「あ、でも、一度だけよ、あの人、最初は紳士なふりをして懐に入ってくるけどこっちが気を許すと本性を現して物凄く
わたし、そういう所が嫌いになって、教育係も変えてくれるように上の人に言ったんだけど…きっと、あの人にとっては
きっと俺の顔色は今、怒りと悔しさと
握りしめた拳の痛みはアドレナリンで
俺は勇気を出して一番聞きたかった事を聞いた。
「でも、木寺とはそこで終わったんでしょ?」
「もちろんよ!」
答えの早さに俺の心は少し軽くなったが、次の疑問が湧いてくる。
「じゃあ、なんで今更?」
北原さんの端正な顔に雲がかかると、
「この前、あの人が会社に来たのは知ってる?」
「はい」
忘れる訳がない、あの日以来こっちの調子は狂いっ放しだ。
「実は会社に来る前にわたしにメールが来たの」
「メールが? な、なんて?」
北原さんは言いづらそうに口ごもる。
「顧客情報を持ち出すのに協力しないと…その…写真をバラまくぞって」
「写真?」
さすがに鈍感な俺でも気が付いた、リベンジポルノという奴だ。
「え? それ本当に北原さん本人の写真なんですか?」
「撮られた覚えはないのよ!でも写真はわたしにそっくりだったし、その…動画もあるからって別なお店に呼び出されて…」
「そこで動画を見たんですか?」
「うん…」
(あの時だ、タクシーの中から2人を見かけたあの時に違いない、だから浮かない顔をしてたのか…)
北原さんがそんな事になっているのに
怒りを抑えながら、知りたい事を聞く。
「その…動画も北原さん本人だったんですか?」
「分からないのよ!そんなの撮られた覚えはないし、でも、確かにわたしにそっくりだった」
「じゃあ、盗撮じゃないですか!そ、それにもしかしたら、偽物かもしれない!
そうだ!偽物だって言い張れば…」
北原さんは目に涙を溜めて寂しげに首を横に振る。
「本物だろうが偽物だろうが、わたしの顔をした裸の写真がバラ撒かれるのよ!
そんな事になったらわたしはもうこの会社に居られないわ!
だからと言って会社の情報を盗むなんてもっと嫌!
だから、もうこうするしかないの」
俺の手から【辞表】を取り上げようとする北原さんを制して一喝する。
「ダメですよ!!!」
北原さんの気持ちは痛い程分かったが、会社を辞めた所でそんなものがバラ撒かれれば北原さんの
その写真を
そんな事には耐えられなかった。
「いつまでに持って来いって言われてるんですかっ?」
「え?鈴木くん?」
「いつまでなんですかっ!!」
「あ、はい、今月中です」
カレンダーを見ると、あと1週間ある。
今日中などと言われてたらこれから木寺をぶん殴りに行くところだ。
「じゃあ、待って下さい!それまでに俺が必ずなんとかしますから、【辞表】は俺に預からせてください」
「え?でも…」
渋る北原さんの両肩を掴むと、目を見据えて一歩も引かない覚悟で
「俺を信じて下さいっ!」
強く両肩を掴まれて驚きで身を固くした北原さんだったが、しばらく俺の目を見つめた後、肩の力を緩めて返事をくれた。
「はいっ!」
絶望に潤んでいた北原さんの目に希望の火が灯った様に俺には思えた。
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