第47話 -侵入者-

 結局、北原さんには何も聞けないまま、今日も一日が終わってしまった。

 すし詰めの通勤電車の車窓から眺める見慣れた景色もなんだか色あせて感じる。

 キャッチボールする相手もいないので、いつものバッティングセンターからも自然と足が遠のいたままだ。


 狭苦しいワンルームに戻りベッドに横になると、安物のフレームがギシギシと嫌な音を立てきしんだ。

 そのまま低い天井を眺めていると、『お前はこれ以上高く飛べない』と、自分の可能性を否定されている様な気持ちになってしまう。


「あぁっ!もうっ!」


 モヤモヤした気持ちを抱えている時に何もしないで居るのは拷問ごうもんに近い。

 俺は平手でパチンと頬を叩いて自分に気合いを入れると、服を脱いで狭いユニットバスでシャワーを浴びた。


(後で思い切って、北原さんに メッセージ送ってみよう!)


 熱いシャワーで前向きな気持ちを取り戻した俺は、文面を考える。


『最近元気ないみたいですけど、話聞きましょうか?』


(とりあえず、これだ!まずは様子見のカーブ!

一瞬ストライクと思わせるボールゾーンのカーブで様子を見るんだ!)


 とにかくきっかけにはなるだろうと思うと、はやる気持ちを抑えきれなくなってくる。

 掛けてあったバスタオルで乱暴に体を拭きながら部屋に戻り、かばんを開けてスマホを探すが見当たらない。


(あ!営業車に置いたままだ!)


 一度は明日まで待とうと思ったが、やっぱり居ても立っても居られない。

 時計を見ると、ギリギリ終電までには行って来い出来る時間だ。


(行ってこよう!)


 俺は、チノパンにパーカーを羽織ると、夜の街に飛び出して行った。



************


 操業を終了し明日の稼働を待つ夜の会社はシンと静まり返っていた。

 通用口から駐車場に回り、俺と北原さんの専用車となっている営業車の窓をのぞいてみると、ダッシュボードに俺のスマホが無造作に置いてある。


(よかった、あった!)


 ドアを開けてスマホを取ろうとした俺の目の端に、正面の事務所の窓に何かの影がが動くのが映った。


(泥棒!? いや…)

 退社時の小島の言葉が脳裏に浮かぶ。

『…産業スパイ送り込んでるってもっぱらの噂だ』


 俺は意を決して車のドアをゆっくり閉めると、上体を屈めたまま気配を消して事務所に近づく。

 大胆にも正面の出入り口の錠が開いている。

 警備会社の警報も解かれているので、内部事情に詳しい人間、若しくは内部の人間の仕業だ。


(まさか、北原さん!?)


 またも頭に浮かんできた北原さんと木寺の映像を、かぶりを振って打ち消すと、息を潜め中に入る。

 素早く左右を見回して、営業部のガラスドアの影に身を潜めると、静かに息を吐いて心を落ち着ける。

 嫌な予感に支配されながら、祈るように中を覗くと、部長のデスクの前を人影が横切った。


(えぇい、ままよ!)


 意を決して、声を掛けながらガラスドアを開ける。


「失礼しますっ!!」

 

 大きな挨拶と共に事務所の照明を点灯すると、驚いた人影がハッとした様子でこちらを振り向き、無機質な蛍光灯の灯りに顔を晒した。


 そこにあったのは、驚愕に強張こわばった北原さんの端正な顔だった。

 大きな瞳を見開いて俺を見ると反射的に何かを後ろに隠す。


(まさか、北原さんが会社の重要書類を盗みに入るなんて…)


 怒りと絶望がごちゃまぜになり、行き場を失った感情でつい声が大きくなる。


「北原さん!!何やってるんですか!!」

「鈴木くん、どうしてここに?」


 瞳には不安の色を宿し、後ろ手に何か隠したままだ。


「今、後ろに隠したのは何なんですか!!」


 観念した様にうつむいて無言を貫く北原さんに大股で近づくと、後ろ手に持っている白い封筒を奪い取る。


 そこには鮮やかな達筆で -- と書かれてあった。

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