第45話 Revenge match(雪辱戦)
『ピッチャー、渡辺に代わりまして、佐々木、背番号18』
無機質な声が投手の交代を告げ、球場が歓声に沸く。
『よっ、熊殺し!バッターは殺すなよ!』
ひねりのないヤジに、苦虫を噛みつぶしたような渋い笑顔で応える。
あの記事のお蔭で、二軍戦ではすっかり変なヤジが定着してしまったが、久々の一軍でも状況は同じようだ。
(クソッ、集中だ、集中!)
Loosersの本拠地での最下位攻防戦、初戦の今日は1点リードで9回表を迎えていたが、ヤタルトは二番からの好打順という事もあって、双方共に応援がヒートアップしている。
ウチの本来のリリーフエースは藤田だが、先日の試合でピッチャー返しを右
俺はと言うと、ナックルカーブについてはまだ習得に至っていないが、あれから自分なりに工夫をして試している事もある。
マウンドでは、いつもの内野のレギュラーメンバー達が俺を待ち構えていた。
「おぅ、お帰り、佐々木」
「うす!」
「なんか、ワイルドになったな」
「うす!」
復帰の挨拶を交わしていると、キャッチャーの小島が組み立てを確認してきた。
「今日は1イニングだけだし、熊殺し直球で押していくか?」
「小島さん、ちょっと試したい事があるんですけど」
俺はグラブで口元を隠し、小島に耳打ちをする。
提案を聞いた小島は、目を大きく見開いて俺を見上げるが、ニヤッと笑ってキャッチャーミットで俺のケツをポーンと叩いた。
「よーし、お前ら締まってけよー!」
小島が内野のレギュラー陣を見回して気合いを入れると、皆、一斉に守備位置に就く。
「プレイッ!」
審判がゲームの再開を告げた。
攻撃的なオーダーを採用してから調子が上向いているヤタルトの二番を打つのは、万能選手の山本哲夫だ。
小島のサインに首を縦に振ってうなずくと、セットポジションから外に逃げるドロップカーブを放る。
山本は熊殺し直球が来ると思っていたのか、手が出ない。
「ストライクッ!」
二球目のサインにうなずくと、ゆっくりと大きくワインドアップして第二球を放る。
右打者にぶつかりそうな所から急激にストライクゾーンに曲がるスライダーだ。
腰を引きながらスイングした山本のバットに引っかかった弱々しい打球が三遊間の深い位置に転がる。
「鈴本さん!」
ダッシュで打球に追いついたショートの鈴本が逆シングルから素早く送球して、俊足の山本を間一髪アウトにする。
「ナイス!鈴本さん!」
上機嫌でボール回しをする鈴本にフィンガーサインで感謝を伝えると、次打者に対峙する。
次は最近調子を落としているとは言え、当たれば怖いハレンディンだ。
小島のサインにうなずくと、大きくワインドアップしてから左足を高々と上げる。
沢での魚捕りの成果か、投球動作をわざとゆっくりしても片足でのバランスが全然ぶれない。
じっくりと焦らしてから、お待ちかねの直球をインハイに投げ込む。
【165 km/h】
久々に記録した日本タイ記録に球場が歓喜に沸く。
『いいぞ、佐々木、クマもハレンディンもやっつけろ!』
ヒートアップしていくヤジを背中に、小島のサインを見るた俺は、セットポジションに入ると、クイックモーションから大きいドロップカーブを投じる。
意表を突かれたハレンディンの力ないスイングがカーブにかすって、打球が1塁線に転がっていく。
ダッシュで突進してきたファーストの松本と入れ替わるように1塁のベースカバーに入った俺に、松本から山なりのボールが返って来て、2アウト目をとる。
「ナイス!松本さん!」
ボール廻しをする松本に親指を立てると、バッターボックスをひと睨みする。
次は四番の町上だ。
『4番、サード、町上、背番号55』
無機質なアナウンスに、外野席の一角を陣取ったヤタルトファンから歓声が巻き起こる。
マウンドから睨みつける俺を意識したのか、町上はボックスの手前で素振りのバットを強振した。
大歓声に敗けない風切り音がマウンドに届いたが、その風を受け流しながら町上を観察する。
(この前の熊より町上の方が興奮してそうだな)
全身から打ち気に逸るオーラを巻き散らしながら町上がバッターボックスに入ると、その様子を観察した小島がサインを出す。
初球はインローのストレート。
俺はプレートの3塁側の端を踏んでセットポジションに入るや否や、クイックモーションで町上の膝元にスピンの効いたストレートを投げ込んだ。
【163 km/h】
間を外された町上は手が出ない。
立て続けに小島から二球目のサインが出される。
インローのストレート、一球目と全く同じだ。
大きく振りかぶりながら、プレートの1塁側の端を踏むと、左足を高く上げ、軸足にたっぷりタメを作ってから膝元にストレートを投げ込む。
【163 km/h】
同じコースに際どいボールを寸分
伸びをして気持ちを入れ替えた町上を打席に迎え、三球目のサインが出た。
プレートの3塁側の端を踏んでセットポジションに入り、流れる様なフォームから繰り出されたボールが、外角低めに外れた所から鋭くストライクゾーンに入り込んで行く。
バックドアのスライダーだ。
完全に振り遅れた町上のバットは辛うじて空を切る事は免れたが、力なくフラフラと上がったボールは、ファールグラウンドでサードの高橋のグラブに収まる。
「よしっ!!」
俺はサードの高橋に受けてグラブを叩くと、短く勝利の雄叫びを上げた。
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