第44話 Knuckle Curve(ナックルカーブ)

「ナックルカーブ??」


 突然そう告げられて、オウム返しに聞き返した。


「そう!ナックルカーブ。球種増やそうって話したでしょ、君のその大きな手と握力ならピッタリだし…というかさぁ」


 野田は上目遣いで不信感を押し殺しながら、一拍おいて俺に問いかける。


「君、高一の時投げてなかった?」

「え?あ、いや、その…」


 考えてみたら、佐々木の高校の時の事など全く知らない。

 しどろもどろになっていると、野田は何か勘違いした様だ。


「その後に怪我したみたいだからトラウマになってるのかもしれないけど、正しい投げ方をすればそんなに負担のかかる球種じゃないから考えておいて」

「はぁ…」


 煮え切らない俺の返事にとり合うでもなく、野田はコピー用紙を手渡す。


「それじゃ、これ、ウェイトのメニューね」


 チラッと眼を通しただけでも分刻みのメニューがびっしりと書き込まれてある。


「今日は夜練からでいいよ」


 ありがたい言葉を残して立ち去ろうとした野田が、何か思い出した様に立ち止まる。


「あ、さっき吉本監督から電話あったんだけど、10日後に一軍復帰して、その日のヤタルト戦はリリーフ待機だから、ちゃんと調整しとくようにって」



**********


 翌朝、7時。

 食堂で朝食を取っていると、先輩投手の秋田が姿を現した。

 寝ぼけ眼で俺を見つけると弄り甲斐のある後輩の帰還を歓迎する。


「おぉ、佐々木、久しぶり!昨日帰ってきたんだっけ?」


 昨日ナイターだった一軍の秋田とは時間帯が違うので、今日が久々の再開だ。


「もぉ~、大変だったんですよ、秋田さん!!」

「なんか面白い土産話でもあるの?」


 秋田は、山盛りご飯の朝食のトレーを片手にラックからスポーツ新聞を掴んで、俺の向いに座って紙面をめくる。

 たっぷり愚痴を聞かせようと思った出鼻をくじく様に、秋田は紙面を見て噴き出してしまった。


「なんか面白い事載ってるんすか?」

「ぷーっ、お前クソダセェ名前付けられてんぞ!はっははは!」


 紙面を見た俺は仰天した。


『佐々木、【】襲名!』

<山籠もりミニキャンプ中に熊に襲われた佐々木が自慢のストレートで撃退、凄みを増したにス・リーグ上位陣は要注意だ!>


「なんすか?この記事!」

「はっはっは、お前、山で熊退治してたの?金太郎じゃん!」

「いや、襲われたから追っ払おうとしただけですよ!てか、誰がこんな記事…」


 俺は厨房の奥からこちらを見ている児玉の不器用な笑みを見逃さなかった。

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