第43話 Unbalance body(不均衡)

「ちょっとぉ!遅いじゃないですか!何やってたんですか!!!

 超デカイ熊に襲われて死ぬとこだったんですからね!

 超デカイイノシシにも襲われてほんっと死ぬかと思ったんですからね!!!」


 旧知の顔を見て安心したのもつかの間、安堵の裏返しで怒りの言葉が次から次へと口をついて出てくる。

 児玉と野田もさすがに悪いと思ったのか、俺が一息吐くまで神妙な顔つきで黙って聞いていたが、言葉の速射砲が途切れた瞬間に持っていた包みを差し出してきた。


「それは大変だったな、おにぎり持ってきたから、まぁ‥とりあえず食え」


 ご丁寧ていねいに竹皮に包まれたおにぎりを見て、急激に空腹感が襲う。

 俺はひったくる様に児玉からおにぎりを奪うと、脇目も振らずに頬張った。

 なんと言っても5日ぶりの米だ、米特有の甘みと握り込まれた塩加減が絶妙に混ざり合い、海苔の風味がそれを際立たせる。

 一個目のおにぎりの中には甘辛く味付けした牛肉が入っている。


「うめっ!!」


 高菜や豚の角煮などバリエーション豊かなおにぎりを完食する頃には、俺の怒りもかなり和らいでいた。


「とにかく、早く帰って暖かい風呂入りたいっすよ」

「よし、じゃあ荷物をまとめて出発だ」


 荷物の半分は食料や水だったので帰りの荷物はそう多くない、3人で片付けるとあっという間だ。


「これで最後だな」


 野田があの重たいボールをリュックに入れようとするのを慌てて止める。


「あ、それ、置いて行ってもいいですか?アイツのおもちゃに」


 窓辺にはいつの間にかタヌキが来て、見慣れぬ児玉達を興味深げに眺めている。


(俺の孤独を和らげてくれた、せめてものお礼だ)


 ボールをタヌキの方にそっと転がすと、最初の内は警戒していたが、すぐに興味の方が勝ったのか、降りて来て楽しそうに転がし始めた。 


(元気でな!)


 心の中で礼を言うと、車までの短い道すがらに、これまでの出来事を簡潔に2人に話す。


・罠にかけたイノシシを逃がしてやった事。

・沢での魚捕りの事。

・熊に襲われて重いボールを投げつけて撃退した事。


「え?じゃあ、君のストレートで熊を殺したの?」

「そんな訳ないじゃないですか!ピンピンしてまた襲い掛かって来たんでもう1球投げたら、うまい事口の中に入って慌てて逃げてったんですよ」

「でも、後からダメージが襲って来たって事もあるし、とにかく、君のストレートが熊を撃退したんだよ」


 会話を交わしながら車に近づくに連れ、段々と獣臭けものしゅうが鼻を突くようになる。


「ほら、あれ」


 野田が指さす方を見ると、黒い塊が地面に横たわっている。

 直視するのは躊躇ためらわれたが直感で分かった。


(ヤツだ)


 眉間の直撃が致命傷になったとはとても思えない。


(口から入ったボールが喉に詰まって窒息したのか?)


 だが、魂の抜け殻となってしまった今となっては分かりようもない事だ。


「行きましょう」


 いつまでも立ち止まって眺めているのは生命を冒涜ぼうとくしている様な気がしてきたので、亡きがらに憐憫れんびんの眼差しを向けて心で詫びると車へと向かった。


************

 

 軽バンの堅いシートで仮眠をとった俺は、自分の冷えたよだれに驚いて目を覚ます。

 外を見ると、もう寮の手前だ、ダッシュボードの時計は10:30を示している。


「練習は15:00からにしよう、それまでシャワー浴びて少し眠るといいよ」

「はい!」


 野田の言葉に甘えて、大急ぎで部屋に戻って着替えを用意すると、大浴場で熱いシャワーを浴びる。

 欲を言えば浴槽に浸かりたかったが、この時間では仕方がない。

 沢の冷水に慣れきってしまった体は、熱いシャワーに一瞬驚いて硬くなるが、すぐに歓喜の声を上げて弛緩しかんする。

 熱い水流が細胞ごとほぐしてくれるようだ。


(はぁ~、極楽、極楽~)


 思わず爺さんの様な声を漏らす。

 すっかりリフレッシュした俺は、食堂で児玉の特性カレーを3杯平らげると、部屋に戻ってしばしの睡眠につく。

 硬い板張りに慣れた体に適度なクッションのベッドは反則だ、まるで魔法に掛けられたように一瞬で眠りの世界へと落ちて行く。


 けたたましい音に目を覚ますと、枕元の目覚まし時計がカンカンに怒っている。

 それを叩いて黙らせ、時間を確認すると14:30だ。

 覚醒しきっていない頭でユニフォームに着替え、室内練習場に行くと、野田がノートパソコンとにらめっこしていた。


「お疲れさまです!!」


 腹の底から声を出して挨拶すると、野田が笑顔で振り返る。


「待ってたよ、早速これを見てくれ!」


 ノートパソコンの画面を俺に向けると、ポリゴンで表現された人の体が赤から紫の微妙なグラデーションで着色されている。

 見ろと言われて見てみたが、何を意味するのか全く不明だ。

 

「???なんすか?これ」


 不思議がる俺の反応を予想していたのだろう、野田は自分の知識を自慢する小学生の様に鼻を膨らませて答える。


「君の体だよ!」

「はぁ」


(それは想像ついてたから、早く続きを言え!)


 焦れている俺を見て満足したのか、ようやく野田は説明を始めた。


「着色してるのは君の筋肉の付き方なんだけど、君の筋肉の付き方には特徴が2つあるんだ」

「はい」

「前提として、君の体はまだ全然出来上がってない成長途中にあるというのは覚えておいて欲しい」

「はい」

「1つ目は、上体と下半身に比べて腹筋背筋の体幹が弱いという事。

 君が試合後半にコントロールを乱しがちなのは、このせいだ」


(言われてみると思い当たる所はある)


「2つ目は、右半身に比べて左半身の筋肉が全般に弱い、アンバランスなんだ」


 ポリゴンの俺を見てみると、右の方が濃い赤で着色され左は紫っぽい。

 恐らく色が赤い方が筋肉量が多いのだろう。


「じゃあ、左半身の強化と、腹筋背筋ですね!」

「半分正解」

「え?」

「腹筋背筋は正解だけど、左半身を重点的に強化するわけじゃない」

「え?でも…」


 合点がいかない俺に野田は説明を続ける。


「君のフォームを解析して分かったんだけど、君の場合アンバランスな筋力が捻じりを生じさせてあのストレートを産んでるんだよ」

「へぇ、そういうものですか?」


 珍しそうに自分の体を眺めながら感想を漏らす俺を見て、満足げな笑みを浮かべながら野田は更に続ける。


「だから全体的には筋力アップさせるけど、バランスは今の状態を維持する。

 ただ、その捻じりを受け止める左足はもっと鍛えないといけないし、腹筋背筋の腰回りを強化すれば、もっと産みだすエネルギーは大きくなるはずだよ!」

「はい!」


 やるべき事が具体的になると、不思議とやる気が湧いてくる。


「それともう一つ、フォームを解析して気付いた事がある」

「はい、何でしょう?」


 野田は、たっぷりともったい付けてから言った。


「ナックルカーブだ!」

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