第42話 Bear slayer(熊殺し)
「グルルゥゥゥウ」
絶望的な巨躯を晒したヤツは、
恐怖に満ちた目で見つめる俺に気付いたのか、おもむろに立ち上がり
「グワシャァン」
ガラスが割れる派手な音に驚いて逃げてくれる事を期待したが、そううまくはいかない。
むしろ攻撃本能を
唸り声をあげながら窓を乗り越えてきたヤツの目には、激しい殺意が宿っている。
(こんな所で死ぬのか?)
(いや、待てよ、ここで俺が死んだら元の世界の俺はどうなるんだ?)
敗北に支配されかけた俺の脳裏に疑問が浮かんだ時、部屋の隅から声が聞こえた。
「シャーッ!シャーッ!」
タヌキだ!
さっさと逃げればいいものを、タヌキが精一杯の威嚇で熊に対抗している。
(バカ、逃げろ!)
タヌキのお陰で我に返った俺は、自分の手にあの重いボールが握られているのに気付いた。
(やってやる!)
そう思った瞬間、いつも背中を押してくれるあの声が聞こえた気がした。
『がんばれ~!ささき~!』
一瞬で冷静さをとり戻した俺は、品定めするように近づいてくるヤツを素早く観察する。
(どこだ?どこを狙えばいい?)
俺の目がヤツの
(あそこだ!)
流れる様な動作でクイックモーションに入るのと、ヤツが四つん這いのまま身を屈めてタメを作るのは同時だった。
猛然と飛びかかる黒い塊に合わせて俺の右手から渾身のストレートが発射される。
トップスピンの効いたボールがカウンター気味にヤツの眉間にヒットし、
力の抜き具合、入れ具合、指のかかり、全てが最高のストレートだ。
勢いを殺されて前のめりに倒れるヤツの眉間から、鉛の様な重さのボールがポトリと力なく落下する。
試合でのデッドボールもそうだが、当たった瞬間に大きくボールが跳ねる場合はダメージは少ない。
ダメージが多いのはボールが跳ねない場合だ、その分デッドボールを食らった選手に衝撃が伝わってしまってるという事になる。
まさに今のがそれだった。
(どうだ?)
俺はもう一つのボールを手に、祈るようにヤツの様子を伺う。
(し、死んだ?)
そう思って緊張を解きかけた時だった。
ヤツは事も無げにムクリと起き上がり一瞬戸惑いの表情を見せたが、俺と目が合うと両手を広げて再び怒りの咆哮を上げる。
「わあぁぁああああ!」
快心のストレートでも仕留められなかった俺は、ヤケクソ気味に眉間に第二撃を投じたが、パニックで手元が狂い狙ったより下に行ってしまう。
そこには雄叫びを上げる為に大きく開けたヤツの口があった。
「ガポッ、クゥ~」
無防備な口の中にボールを投げ込まれたヤツは、苦しそうな鳴き声をあげながら窓に向かってもんどり打って倒れこむと、そのまま小屋の外に出て、転がりながら茂みの奥に消えていった。
************
「佐々木くん、元気にやってるかなぁ?」
「あいつ、案外根性あっからサバイバル向きかも知れんぞ」
「裏から来れば車ですぐ近くまで来れるって、もう気付いてますかねぇ?」
「あいつ、案外抜けてるからなぁ、カッカッカ」
呑気な会話を交わしながら、野田と児玉が迎えの車を走らせている。
「佐々木くん、クマに襲われたりしてませんかね?」
「あいつ、悪運強いから大丈夫だろう」
「そうですね、はっはっは」
能天気な朝のドライブを楽しむ2人は、山小屋から数分の所に軽のバンを止めると車から降りる。
その瞬間、異様な
「おい、野田よ」
「はい、分かってます」
児玉が荷台から金属バットを二本取り出し、キンキンと鳴らしてクマ除けの鈴の代わりとする。
「気配ないですね…」
「おい、あそこ!」
児玉がバットで指した茂みに黒い塊が横たわっているのが視認できた。
「クマですかね?」
野田の声が小さくなる。
「あんなデカい熊は滅多におらんぞ」
児玉は一層激しくバットを鳴らしてクマに警告をするが、一向に動く気配がない。
「死んでませんか?」
野田は、手のひら大の石を拾ってクマに投げつけたが、頭に当たったのに何の反応もない。
「やっぱり死んでますよ」
おっかなびっくりでクマに近づいて、その死を確認した2人は青ざめた顔を見合わせる。
「急ぐぞ!」
2人は山小屋に向かって猛ダッシュを開始した。
************
ヤツを追い払ったとは言え、ただ怒らせただけなのかもしれない。
そう思うと、俺はそのまま眠りにつく気にはなれなかった。
タヌキの方はと言うと、安心しきったように部屋の隅で眠っている。
(大物だな)
変な所に感心していると、窓の外が薄っすらと明るくなり始めた。
さっきまで眠っていたタヌキは、大きく伸びをするとガラスの無くなってしまった窓を身軽に飛び越えて、朝の散歩に出かける。
結局、一睡もできないまま朝を迎えてしまった俺は、爽やかな朝日に少しだけ警戒感を緩んだのか、ついウトウトしてしまった。
気が付くと、茂みをガサガサと掻き分けながら違づいてくる音がする。
(まさか!?)
床に転がっているボールを拾う間にも足音はぐんぐん近づいて来る。
(来るなら来い、もう一発口の中にお見舞いしてやる!)
窓に向かってセットポジションのまま緊張感を高めていると、いきなり側方のドアが開いて大きな塊が飛び込んできた。
「何しとるんじゃ?お前」
「ひぃぃいいっ!」
完全に意表を突かれて悲鳴を上げながら振り返ると、そこに居たのはバットを抱えた児玉と、大きなお腹を上下させて苦しそうにしている野田だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます