第41話 Assault(強襲)
小鳥のさえずりに気持ちよく目覚めた俺は、体の張りを確かめる様にゆっくりと伸びをする。
右肩と両足にわずかに張りが残っているが、問題なさそうだ。
むしろこの位の張りが残っていた方が気持ちがいい。
部屋を見回すと、タヌキの姿はない。夜行性のはずだから俺が寝ているうちにどこかに出かけたのだろう。
定番になった食パンとコーヒーの朝食を手早く済ませて、小屋の裏に放置されていたバケツと2つとシャベルを持って沢に降りる。
一つは生活用水用で、もう一つは獲った魚を持ち帰る用だ。
(そろそろ魚捕まえてちゃんとタンパク質取らないとな)
昨日はシャベルの上に魚が来たら急いですくい上げて失敗していたので、今日は魚に気付かせないくらいゆっくりとすくい上げる作戦に変更したが、これがうまく行って小一時間ほどで5匹のヤマメを確保した。
ひとまず昼食には充分だろう。
ニジマスやイワナは午後の獲物にするとして、俺にはやりたい事があった。
たっぷりと生活用水を汲んだバケツと、午前の獲物を泳がせたバケツをシャベルの両端に引っ掛けて、江戸時代の商人さながらに左肩にかけると、けもの道を登って小屋へ戻る。
意外な重労働に汗をかきながら小屋に着くと、バケツを小屋の前の平場に置いて、小石を拾い始めた。
焚き火の準備だ。
カセットコンロでチマチマ魚を焼いてもいいが、どうせなら焚き火でやりたい。
シャベルで薄く地表を削ると、周囲に小石を並べて延焼を防ぐ。
続いて枯れ枝と落ち葉を拾い集めると、カセットコンロから枯れ枝に付け火をし、セットした落ち葉に点火した。
数秒後、パチパチと炎が落ち葉に燃え広がり、互い違いに組んだ枯れ枝に赤く火が灯る。
(よし、成功だ!)
初めての経験だがうまく行ったようだ。
大規模にやると山火事になりそうで怖いのでこじんまりとしたものだが、魚を焼くには充分だ。
バケツからつかみ取った新鮮なヤマメを締めると、細い木の枝を口から突き刺して火にかける。
なかなかグロテスクな作業だが、背に腹は代えられない。
焚き火をグルッと1周するように5本の魚を並べると、焼き上がりを待つ。
しばらくすると、香ばしい香りが鼻孔をくすぐり、食欲をそそった。
山籠もり生活を始めてから、パンと缶詰の味気ない食事しかしていなかったので、貪るように5匹のヤマメを次々と胃袋に収めると、内蔵の歓喜の声が脳に伝わる。
食べかすを木の枝ごと炎にくべて、ある程度焼けるのを待ちながらコーヒー用のお湯を沸かす。
自分が捕獲した食材でお腹を満たした後のコーヒーは格別だ。
満足した俺は、魚が入っていたバケツの水で消火すると、午後の獲物を求めてまた沢に降りた。
******************
それから4日が経った。
昼間は沢で魚捕りと水汲み、夕方に50球の投球練習をこなす日々も、今日の投球練習で最後だと思うと自然と熱がこもる。
ボールへの力の伝え方は最初と比べると上手になったような気がしていた。
それはもちろんこの山籠りの成果ではあるのだが、果たしてそれが実際にどの程度効果があるのかは未知数だ。
(焦って結果を求めるな、一歩一歩だ!)
自戒を込めてそう言い聞かせると、フィニッシュの一球を放る。
小屋の中ではタヌキが練習の上がりを待ってくれていた。
と言っても、ただ物珍し気に見ているだけで触れ合いも何もないのだが、俺の寂しさを程よく埋める貴重な存在だった。
丸くなってこちらを見ているタヌキに見守られながら、食パンの最後の一切れとイワナの塩焼きをコーヒーで胃に流し込む。
(明日から二軍で再出発だ!)
俺は過酷なサバイバルを乗り越えた自信を抱えて眠りについた。
******************
異様な気配を感じた俺は寝袋をはねのけながら飛び起きた。
「フーッ、フーッ、フーッ。」
荒い鼻息と共に辺りには強烈なけもの臭が立ち込め、俺の危機察知レーダーは最大限の警報を鳴らしている。
周囲の山は寝静まり、満月の月明かりに照らされた木々がざわざわと木の葉を摺り合わす音が余計に俺の緊張感を高めた。
(またイノシシか!?)
いや、違う、もっと危険なヤツだ。
俺の勘はそう告げていた。
鼻息の主は、中の様子を探るように建物を周りをゆっくりと窓の方へ歩いている。
物音を立てない様に息を潜めながら目線は縫い付けられたように窓から離すことができない。
無意識に武器を探す手が重いボールに触れた時、窓の前に現れたのは、体長2mはあろうかという漆黒の毛並みをした並外れた巨体のツキノワグマだ。
恐怖で麻痺した俺の目に、月明かりで照らされた胸部の白い
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