第40話 Fishing(魚捕り)

 穏やかな陽光を浴びて気持ち良さげに歩くタヌキは、チョロチョロと湧き水が湧き出している場所に辿り着くと、遠慮がちに舌を出して喉をうるおし始めた。


(美味しそうだな…)


 飲んでみたい誘惑にかられたが、まだペットボトルの水には余裕がある。

 下手に飲んで、もしも腹を下してしまったらアウトだ。


(この水飲むのは最終手段だけど、生活用水には使えるかも)


 とは言え、地面を這うように流れるこの量ではみ取る事も出来そうにない。

 思案している俺を置いて、タヌキはまた歩き出した。

 どうやら、この水の流れに沿って降りて行くようだ。


(もしかして、があるのかも)


 期待を胸にタヌキの後をついて行くと、なだらかな斜面を流れる水量は次第に増え始め、段々との形を成して来た。

 更に歩くと、両側をゴツゴツとした岩肌に囲まれた平場が現れる。


(やった、後でバケツ持って水汲みに来よう!)


 児玉に言われた『水は大切にせいよ!』のひと言が心に残って、顔を洗うのも何となく躊躇ためらっていたが、これで水の残りを気にせずに顔を洗ったり出来る。


(ありがとう、タヌキくん!)


 感謝の目を向けると、タヌキは魚捕りに夢中だ。

 短い手を使って器用に小魚をすくい上げている。

 タヌキの邪魔をしないように、少し離れた場所で服を脱いで水を浴びると生き返った心地がする。

 ひと時の間ひんやり冷たい水に身を任せてリフレッシュした後、念のため護身用に持ってきていたシャベルで魚捕りに挑戦してみることにした。

 水の透明度が高いので、魚の姿は丸分かりだ。


(要は金魚すくいの要領だろ)


 苔で滑りやすい岩の上で両足を踏ん張るようにして膝を落とし、バランスを取りながらシャベルを水に浸ける。

 後はこの上に魚が来た瞬間にすくい上げるだけだ。


 完全に腰を落としてしまっては、手だけでシャベルを操作しないといけなくなるので、中腰でいつでも膝を使って動ける様に構えるが、この姿勢はなかなか辛い。

 しかも、ただでさえバランスのとりにくい岩の上だ。


(これ、内野の人がやったら、いい練習になるんじゃないか…)

「あぁっ!」


 余計な事を考えていたら、せっかくのチャンスを逃してしまった。

 俺の奇声に一瞬こちらを振り向いたタヌキも、やれやれといった様子で狩りを再開する。


(タヌキに負けるか!)


 俺は神経を集中させて狩りを再開した。


************


 タヌキが取った魚を自慢げに食べるのを横目に、結局ボウズに終わった俺は暗くなる前に山小屋に戻る。

 重いボールでの投球練習をまだやっていないからだ。


 ボロボロの扉を開けて部屋に入ると、シャベルを入り口の角に立てかけて、どす黒く変色したボールを手に外に出る。

 慣れない穴掘りと魚すくいで両手両足共に筋肉はパンパンに張っていたが、義務感が俺の体を突き動かす。

 小屋裏の崖から目分量で18.44m離れると、鉛の様に重い手足で、比喩ひゆではなく鉛の様に重いボールを投げ込んだ。


『ドフッ』


 怪我を恐れるあまり、力を抜いて投げた球は予想よりも見事にお辞儀して崖にぶち当たる。


(今のはノーカンでこれから50球だな)


 少しずつ強度を上げながら指先に神経を集中して1球また1球と投げて行く。

 ボールが重い分、指先に帰ってくる手応えも普通のボールよりも強力だ。

 リリースポイントや力を入れるタイミングを微妙に変えながら投げていると、あっという間に50球に到達した。

 前腕と肩周りには、これまで味わった事のない疲労感が残っている。


(これ以上投げるとヤバそうだな)


 もう少しで何か掴めそうな予感をあったが、故障しては元も子もない。


(あと4日、必ず何か掴んでやるぞ!)


 燃えたぎる闘志を沈めて、カセットコンロに火を付け、コップの水に粉末のスープを溶かす。

 今日の夕食も食パンと缶詰めだ。

 新鮮な魚を腹一杯食べて部屋の隅で丸まっているタヌキを見ながら、決意を新たにする。


(明日こそは俺も魚を獲ってやる!)


 質素な夕食を終えると、自分で入念にマッサージをしてから床についた。

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