第36話 Save water(水は大切に)

山籠やまごもり!?」

「 そうだよ、まぁ、今風いまふうに言ったらかな?

 でもその前にフォームの撮影だ!

 君が帰ってくる頃にはきっちり分析してパワーアッププランを立てとくからね!」

「はぁ、よろしくお願いします」


 どうやら野田は久しぶりの研究素材に胸を躍らせている様で、俺の心配など意にも介していない。


「もしかしたら夢の170km/hも君ならいけるんじゃないかと思ってたんだよ~」

「はぁ、頑張ります」


 それから野田の指示通りに、ボールゾーンも含めた縦横5コースの計25コースを各球種毎に5球ずつ投げる。

 全力投球はラスト1球のみとはいえ、かなりの球数だ。

 その後、ボディーバランスのチェックという名目で反復横跳びなどのジャンプ系メニュー、筋肉の付き方のチェックという名目で片足立ちなどのメニューも撮影していると、あっという間に午前中が終わってしまった。


「よし、これで分析に必要な素材は集まったから、お昼ご飯にしよう!

 リュックはチームのバンに入れといて」

「はい」


 ズッシリと重いリュックを担いで寮と室内練習場の間に停めてある球団のロゴの入った軽のバンに積み込むと、野田の後を追って食堂に入る。


「児玉さんの飯、相変わらず美味いから、太っちゃいましたよ~」

「お前は昔から食い過ぎなんだよ、だから関節をだな…」

「まぁまぁ、児玉さん、今はその経験を活かして指導してるんだから」


 児玉は野田が現役の頃から寮監だったのだろう、2人は気安い感じで軽口を叩き合っている。

 すると、俺に気付いた野田が声をかける。


「佐々木くん、今日の昼飯も美味そうだぞ」

「児玉さん、お疲れさまっす、今日の昼飯何すか?」


 配膳台を覗きこむと、ちょうど児玉さんが特製カレーをよそってくれている所だ。

 

「今日はカレーと鍋焼きうどんだ、あと、から揚げと野菜サラダはそこから自分で取ってくれ」


 午後の練習を控えたプロ野球選手の昼食はエネルギー源となる炭水化物が多めに設定されているが、特に児玉のスパイシーなカレーはついつい食べ過ぎてしまうので注意が必要だ。


「今日のカレーは宮崎牛みやざきぎゅう入りだぞ」

「わぁ、豪華っすね」


 目を輝かせて喜ぶ俺に、不器用ぶきような笑みを浮かべながら児玉が返した。


「最後の晩餐だからな」



**********


 昼食を終えると、他の選手の食事を奥さんに任せた児玉が野田と共に軽のバンに乗り込む。

 運転は児玉で助手席には野田が座り、俺は狭い後席に体を縮めて押し込められた。


 目的地は奥多摩だ。

 堅いシートに揺られながらも、美味しい昼食のおかげでリフレッシュした俺は少しだけ前向きに考えてみる。


(山篭りっつってもあれだ、サーキットトレーニングってヤツで普段使わない筋肉を目覚めさせようとか、そういう事だろ?)


(きっと温泉も湧いてて、夜初めてのシーズンで疲れてるルーキーのリカバリーも兼ねてるとか、そういう事だろ?)


(それに色々と整理したい事もあるし、貴重な時間かもな)


 段々と険しくなる車窓の景色を見ながら、ぼんやり考えていると山のふもとに位置するあまり広くはない駐車場に車が停車した。

 周囲には見渡す限り手入れのされていない雑木林が広がっている。


(あれ?建物ないし、トイレ休憩かな?)


 不審がる俺を他所に、二人とも車を降り、伸びをして強張った体をほぐしている。


「いやぁ~いい所ですね、シーズン中じゃなければ僕もお供したいですよ」

「まったくだ!カッカッカ」


 仕方なく車を降りた俺に、野田が紙切れを手渡してきた。


「ここからは1人だよ、道ないからこの地図使ってね」


 渡された紙切れに視線を落とすとこの山の地図が描かれている。

 等高線が密に描かれた山頂付近に赤い目印が描かれていて、どうやらそれが本当の目的地のようだ。


 気絶しそうだ、いや、気絶してしまいたい。


「どう?日暮れまでには着けそうでしょ?5日後に迎えに行くからさ!」

「いや、無理っすよ、俺地図とか見た事ないっす」

「またまたぁ、佐々木くんって小学生の頃、ボーイスカウトの全国大会で優勝した事あるって履歴書に書いてあったよ」


 そんなの初耳だ。


(佐々木くんめ! 何やってんだよ!もっと野球だけ頑張ってればいいのに、余計な事をぉ!)


 内心で余計なお世話焼きながらも必死で否定する。


「いや、それ、俺じゃなくて佐々木です!」

「だから、君でしょ?」

「いや、そうなんですけど、だから違うんですよ」

「お前、何言っとるんだ、しっかりせい!そんな事じゃ熊に食べられちまうぞ!」

「いや、だいたい、世の中で毎年何人もの人が遭難してるというのに、大切な金の卵をこんな山の中に放り込むとか正気ですか!?」

「大げさだなぁ、こんなのハイキングだよ!ウチの中学生の娘でもお茶の子さいさいってなもんだ!」


 2人は俺の必死の説得にも全く耳を貸そうとしない。


「じゃ、明日からの練習メニューはリュックの中に入れてあるから、頑張って!」


 非情な言葉を残して軽のバンで去って行こうとする。


「あ、ちょっと!」


 悲しそうな瞳で見ている俺に気付いたのか、バンの窓が開き運転席から児玉が顔を出して言った。


「水は大切にせいよ!」

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