第21話 -肩関節唇損傷ー

 目の前の佐々木は、茫然ぼうぜんと立ちすくむ俺を品定めする様に、つま先から頭のてっぺんまで視線を滑らせるとおもむろに頭を下げた。


「佐々木です、今日はよろしくお願いします」

「あ、鈴木です、こちらこそよろしくお願いします」


 俺と佐々木はぎこちない挨拶を交わすと、早速仕事の話に入る。


「パンフレットは、これとあっちのと2つで1セットです」

 佐々木がパンフレットの入った段ボールを2つ指さす。


「じゃあ、先にセットにしておきましょうか」

 俺の提案で、パンフのセットを作っていると、チラホラと客が集まり始めた。


「ご来場の方はこちらで受付をお願いします!」


 それから三十分余り、名刺を貰ってはパンフを渡すという単純作業を繰り返した俺と佐々木は、講演の開始でやっと一息ついた。

 講演が始まってしまえば、あとはたまにやって来る遅刻客の相手をするだけだ。


「とりあえずひと段落ですね」

 俺はパイプ椅子に腰を降ろすと、隣の佐々木に話しかける。


「えぇ、ずっと中腰だったので腰が痛いです」

 佐々木はしかめっ面で腰を叩きながら、パイプ椅子に窮屈そうに腰を降ろした。


 テーブルの上に組んだ手に視線を落としたままの佐々木は、どうやらあまり社交的な人物ではないようだ。

 俺の方もとりたてて社交的という訳ではないが、気まずい沈黙に耐えかねてとりあえず世間話を振ってみる。

 盛り上がらない会話をいくつか続けた後、俺は思い切って聞いてみた。


「佐々木さんは、体格いいですけど何かスポーツやられてたんですか?」


 佐々木は一瞬身を固くした後、大きく息を吐いてから話し始めた。


「実は、高校1年の時まで野球をやってました…ピッチャーだったんです」

「1年の時まで?」

「えぇ…」


 佐々木は視線を落として、一拍おいてから言葉を続ける。


「怪我したんですよ、を」

「肩ですか」

かた関節唇かんせつしん損傷そんしょうというらしいです…」


 最近は利き腕にメスを入れる選手が増えたとは言え、それは【】がほとんどだ。

 元ホークスの斉藤和巳や元スワローズの伊藤智仁など、肩の怪我により成績が下降し引退を余儀なくされた選手は数知れない。


「えぇ、手術はしたんですけど、もう思いっきり腕を振るのが怖くなって…」

「それは…、大変でしたね」


 我ながら間の抜けた答えだと思ったが、初対面の俺が何を言った所でたいした慰めにはならないだろう。

 再び訪れた気まずい沈黙に、話題を変えようとあれこれ考え始めた俺に、佐々木が意を決した様に話しかけて来る。


「鈴木さん、講演会終わった後、少し話せますか?」

「え?」


 正直、あまり気乗りはしない。

 それよりも北原さんと例のバッセンでキャッチボールをする方がはるかに有意義に思えて、返事をためらっている俺に、佐々木が意味ありげに告げた。


「ちょっと聞いておきたい事があるんですよ、鈴木さん…いや、さんに」

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