第22話 ーキャッチボールー

「え?」

(今、俺の事を佐々木って…?)


 聞き間違いかと思って聞き返す俺に、佐々木は初めて笑顔を向けた。


「あまりお時間取らせませんから」

「え、えぇ、それなら少しだけ…」


 それから講演会終了までの一時間弱、俺の頭の中ではいろいろな疑問が駆け巡っていた。


(こいつはあっちの世界の俺の事を知ってるのか?)

(あっちの世界の佐々木がこっちにも居るって事は、あっちの世界に俺も居るのか?)

 

 まんじりともせずにただ時間が過ぎるのを待っていると、会場の扉が開き退屈な時間から解放された人々の群れが、続々と吐き出される。

 立ち上がって来客たちの背中を見送っていると、中から【吉本ファンド】の担当者の頭の禿げあがった小男が出て来た。


「いや~、君たちもお疲れさん」

 小男は、大したトラブルもなく終了した事に安堵しているようだ。


「中の片づけはこっちでやっとくから、君たちは受付の撤収をお願いできるかな?」

「はい、分かりました」


 俺と佐々木はパンフレットの余りや名刺、記帳台などをまとめて、吉本ファンドの社用車に運ぶ。

 社用車のバンのトランクにそれらを詰め込むと、俺は待ちきれない様子で佐々木に尋ねた。

「あの…、話って?」


 佐々木はバンのトランクのドアをゆっくりと閉じると、畏まった素振りで俺にお辞儀してきた。


「まずはお礼を言わせて下さい」

「お礼?何のですか?」

「僕の代わりに投げてくれてる事です」


(やっぱり、知ってるのか…)


 あっちの世界の俺は、この佐々木と入れ替わっているのだろう。

 だが、何故その事でお礼を言われるのか、俺は全く理解できなかった。

 あの恵まれた体格と体に染みついた投球フォームは、俺が見よう見まねで投げても160km/hを超える球を投げられる程だ、生まれ持った才能を一体どれ程の時間をかけて磨いて来たのか想像すらも出来ない。

 その成果を俺みたいなのに使われて悔しくないのだろうか?


「いや、俺なんかがその…君の体を勝手に使っちゃって、お礼どころか謝らないといけない位なんだけど…」

「いいんです、僕はもう怖くて腕を振る事はできませんから」


 佐々木は寂し気に呟くと、俺の目を見て続ける。


「僕、肩壊してから野球するのが怖くなって…、もともと勉強も出来なかったから授業にも付いていけなくて、なんとか卒業してからもフラフラして暮らしてたんですよ」

「そうなんだ…」


 おざなりな相槌を打つことしかできない俺を見ながら、佐々木は更に言葉を続ける。 


「もう人生なんかどうでも良くなっちゃって、自殺でもしようかなって考えながら歩いてたら、いつの間にかバッティングセンターに居たんですよ…未練ですよね」

「バッティングセンターって、もしかして…」

「はい、何気なく覗いてみたら、鈴木さんと綺麗な女の人がキャッチボールしてて、この人すっげぇ下手くそなのに、すっげぇ楽しそうにしてるなって…」


(下手くそなのに楽しそう!?)


 それはそうだろう、ロクに鍛えても居ない素人が投げているのだ、下手で当たり前だし、憧れの北原さんと二人っきりでキャッチボールをしているのだ、楽しそうで当たり前だ。

 黙り込んで考えを巡らせ始めた俺を見て、勘違いした佐々木が頭を下げる。


「あ、ごめんなさい、失礼でしたね」

「いや、いいよ、下手なのも楽しそうなのも事実だしさ…それで?」


 続きを促す俺に答える様に、佐々木は更に言葉を続けた。

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