第20話 ーもう一人の佐々木ー

「俺、講演会の受付とかやった事ないですよ…」


 不安そうに愚痴をこぼす俺を乗せて、北原さんは社用車をレセプション会場のホテルへと走らせる。


「大丈夫よ、名刺貰ってパンフレット渡すだけだから!」

「そうですかぁ?」


 北原さんの言う通り、やってみれば簡単な事なのだろうが、何にせよ初めての事はやってみるまで不安なものだ。

 それにもう一つ気になる事がある。


「向こうの会社の人と俺の二人で受付やるんですよね?」

「そうらしいわよ、向こうは高卒の一年目らしいから鈴木くんがリードしなきゃね!」

「そんなド新人と俺で受付とか大丈夫ですかね…」


 ウジウジと不安をこぼす俺を、北原さんが笑顔で勇気づける。


「鈴木くんがそんな事言っててどうするのよ!頑張りなさい!」

「はい!」


 今日は、俺が勤める印刷会社に融資をしてくれる地元のファンド会社【吉本ファンド】の社長の講演会があるので、ご機嫌伺いの為に営業部全員がお手伝いに駆り出されている。

 会場のホテルに着くと、男性陣は椅子を並べる力仕事に回され、まだ二年目の俺はここぞとばかりにコキ使われる。

 とりあえず形になった所で、俺は入り口の方に呼ばれた。


「君が鈴木くん?今日はよろしく」

 【吉本ファンド】の担当者と思われる頭の禿げあがった小男が、感情のこもらない声で形式だけの挨拶をする。

 

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします!」


 お金を融資してもらう立場なので、出来るだけ爽やかに挨拶を返したが、小男は薄い笑みを浮かべただけで、すぐに受付業務の説明に入った。

 説明と言っても、北原さんから言われた通り、名刺を貰ってパンフレットを渡すだけの簡単な仕事だ。

 名刺を持参していない参加者にだけ記名してもらう事になっている。


「ま、そういう訳だから簡単でしょ?パンフレットはそっちの彼が準備してるから」


 小男が視線を向けた方では、白い布が被せられた長テーブルの裏側で一人の男がしゃがみこんで何やら作業をしている。

 パンフレットの準備をしているのだろう、俺は裏に回ってその男の背中越しに声を掛けた。


「自分、鈴木と言います、今日はよろしくお願いします!」


 俺の声を聞いて立ち上がった男の背中を見て、俺は仰天した。

 肩が俺の頭くらいの高さにある。

 これなら身長190cmは余裕で超えているだろう。

 ゆっくりと振り向いたその男の顔を見て、俺は電流に打たれた様に凍り付いた。


「さ、佐々木!?…くん!?」


「何だ、君たち知り合いなの? じゃあ、後はよろしく!」 

 小男は紹介の手間が省けた事を喜ぶように会場へと消えて行った。

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