第5話 Curve(カーブ)
『ピッチャー、渡辺に代わりまして、佐々木、背番号18』
無機質な声が投手の交代を告げ、球場は一瞬戸惑いに包まれたが、すぐさまそれは期待のどよめきへと変わった。
「佐々木さん、今度は大丈夫ですよ!」
力強い励ましの声で意識を覚醒した俺の目に飛び込んできたのは、カクテルライトに照らされた美しい人工芝のグランドだった。
リリーフカーの女性は、優しく俺に微笑みかけながら、ゆっくりとアンツーカーの方へ車を走らせる。
俺は女性の頭越しに周囲を見回して状況の把握に努めた。
この前と同じ神宮球場の見慣れたスコアボードが、状況を簡潔に教えてくれる。
ヤタルトスワローズ0-0東京Loosers
8回裏スワローズの攻撃中ワンアウト1・2塁
また、絶体絶命の大ピンチだ。
「頑張って下さいね、佐々木さん」
マウンドに俺を降ろしたリリーフカーの女性は、励ましの言葉を投げて去っていく。
(俺は鈴木だ!)
デジャブの様な光景だが、二回目ともなると少しは落ち着いて対処できる。
俺の周りでは、見たことのあるおっさん連中が輪になって何事か話していた。
「佐々木、気を抜かなきゃ大丈夫だ、緊張するな!」
キャッチャーマスクを被った小男は監督の指示を確認しているのだろう、ベンチの方を向いて俺に背を向けている。
背中にはKOJIMAの文字が見える。
(小島さんって言うのか、アホの課長と同じ名前だな)
やはり前回より余裕があるのだろう、下らない事が浮かんでくる。
「よし、投球練習は1分以内だぞ、佐々木」
今回も、キャッチャーの言葉でおっさん連中は守備位置に散らばっていき、残された俺の手には野球のボールが握られていた。
ネクストを見ると、テレビでよく見る顔がこちらを睨みながらバッターボックスへと向かっている所だ。
前代未聞、三度のトリプルスリーを達成した強打者・山本哲夫。
アナウンスを受けて山本がバッターボックスに入ると、球場中が割れんばかりの大声援を送る。
『山本哲夫!』『山本哲夫!』夢へと続く道『山本!』
勇ましいチャンステーマと共に、外野席を埋めたビニール傘の群れが今にも襲い掛かってくるように揺れている。
(やってやるさ、また165km/h出してやるっ!)
『プレイッ!』
アドレナリン全開にしてセットポジションに入った俺の耳に、良く通る少年の声が聞こえてきた。
「がんばれ~!ささき~!!」
瞬間、北原さんと通ったブルペンの記憶が俺の脳裏に蘇る。
高々と足を上げ、キャッチャーミット目掛けて思いっきり振り降ろされた俺の腕から放たれたボールは、右バッターの山本の方にフワッと浮くような軌道を示した後、急激に弧を描いて逃げる様に落下した。
【カーブ!】
虚を衝かれた山本のバットの先っぽがボールに当たり、キャッチャーの小島の前に力なく転がる。
小島はその打球を素早く捕んでセカンドに送り、余裕でアウトカウントを稼ぐと、そのボールは更にファーストに送られ、ダブルプレイが完成した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます