第6話 Boss (監督)
「おぅ、初勝利おめでとう!」
試合後のロッカールームで俺は先輩たちの手荒い祝福を受けていた。
「佐々木ぃ~、お前、俺達に感謝しろよ!」
声の主の方を見ると、九回表に起死回生の勝ち越しホームランを放った松本と、九回裏を見事に抑えた藤田が手を伸ばして俺の頭をぐしゃぐしゃに掻き回す。
「それにしても、お前あそこでいきなりサイン無視でカーブ投げるかね?」
キャッチャーの小島が膨れっ面で俺の耳を引っ張って来た。
「いや、すんません」
「だいたい、お前いつの間にあんなドロップカーブ覚えたんだよ」
「いや、すんません」
まさか、北原さんに教えてもらったとも言えずに俺は適当に誤魔化した。
(そうだ、明日、北原さんにこの夢の話してみようかな…)
ニヤニヤしながら淡い妄想にふける俺に、球団職員らしき男性が声を掛けてきた。
「おい、佐々木! 監督が呼んでるぞ!」
俺は緊張で身を固くした。
「サイン無視したんだからお説教は覚悟しとけよ」
小島が脅しの言葉を掛けてくる。
(夢の中でまで怒られるのかよ…)
憂鬱な気持ちで監督室のドアをノックすると、中から低い感情の読み取れない声が返ってくる。
「入れ」
「失礼します」
意外な程に質素なしつらえの部屋で、監督は、正面の机の前に立って俺を待っていたようだ。
お説教を覚悟していたが、監督はじっと俺を値踏みするような目で見ている。
机の上に置いてあるネームプレートには【吉本】とある。
(吉本監督か…)
「佐々木」
「はいっ!」
急に呼びかけられ、焦って返事をする。
「プロはどうだ?」
「はい?」
怒られると思っていたので、拍子抜けしたように間抜けな答えを返す。
「怖いか?」
俺はしばらく考えてから返答した。
「いえ、楽しいです」
吉本監督はそのまま値踏みするような目で俺を見ていたが、唇の端を不器用に上げてほほ笑むと俺に告げた。
「そうか、もう帰っていいぞ」
「はい…、失礼します」
(わざわざ呼びつけて、何だったんだろう?)
部屋から出て後ろ手にドアを閉めた俺には、唸る様に発せられた監督の独り言の様な言葉は聞こえようもなかった。
「面白いヤツに入れ替わったな…」
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