第7話 Star League(スター・リーグ)


 監督室を出て、怒られなかったことに安どしていると、先輩投手らしい背の高い男が俺に声を掛けてきた。


「おい、佐々木、早く来い! 帰るぞ!」


「あ、まだ終電あると思うんで、電車で帰ります」


「は? お前何言ってんの? 電車でどこに帰る気だよ」


(そうか、もしかして俺はルーキーだからまだ寮生活なのか!)

「あ、いや、すみません、ちょっと浮かれてて…」


「まぁ、浮かれるのは分かるけどさ」

 おざなりな同意と共に、先輩投手は駐車場に停めてある10年落ちの中古のBMWに俺を押し込む。

 駐車場の周りには熱心なファンたちが、勝利をプレゼントしてくれた選手たちを労おうと集まっていた。


「ささき~!よくやった~!!」


(あの少年の声だ!)

 

 普通の人生を送っていれば、見ず知らずの子どもに応援される事などまずあり得ないだろう。


(今度会ったらサインボールでもあげようかな)


 すっかりいい気分になった俺を乗せた先輩のBMWは、ファンの合間を抜けて夜の首都高環状線を荒川沿いに走る。

 流れる夜の街並みを見ながら初勝利の余韻に浸っている俺の目に、ふと、車内のスポーツ新聞が止まった。


「先輩、これ読んでいいですか?」


「いいけど、それ昨日のだぞ」


 いつのでもいい、とにかくこの夢の世界の情報が欲しかった。

 だいたい、Looserなんてチーム聞いたことがない。


(ヤタルトと試合したって事はセ・リーグだろうけど…)


 紙面をめくって目にした順位表は、俺の理解を遥かに超えていた。


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(Star・League)順位表


1位 L・A・ドウジャーズ

2位 N・Y・ヤンヤンズ

3位 福岡ハードバンク・ホークス

4位 L・A・エンジェリーズ

5位 東京ヤタルト・スワローズ

6位 東京Loosers

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「あ、あの先輩!」

「何だよ?」


「LAとかNYとかってどうやって移動するんですか?もしかしてチームジェットとか?」

 俺は期待を込めて聞いてみた。


「は?何言ってんだよ、バスと新幹線だろ?」

「新幹線??」

 納得いかなそうな俺に、先輩は呆れたように返す。


「お前、元つっても、んだから地図位覚えとけよ!」

「は、はぁ」

 話せば話すほど混乱しそうなので、寮に帰ってから地図を確認する事にした。


 BMWは小菅JCTで下道に降りる。


 どうやら荒川の河川敷グランドを練習場として利用しているらしい。

 プロ球団の寮や育成施設と聞いて、一流ホテルも真っ青な豪華な施設をイメージしていたが、そう甘くはないようだ。


 先輩投手は、建設現場によくあるプレハブの作業員詰所の様な建物の前に、中古のBMWを停めた。

 手にしている球団バッグのネームから、その先輩投手は秋田という名前らしい。


「あの、秋田さんは何年目なんでしたっけ?」


「は?言ってなかったっけ? 5年目だよ。まぁ、早く活躍してこんなオンボロ寮とはオサラバしてぇな」

 

 この外観で、実は中身は超豪華なんて夢のような話はありえないだろう。

 俺は落ち込む気持ちを隠して愛想笑いを浮かべる。

「そうですよね…」


「でも、ここのは超一流だけどな」

 秋田は振り向いて親指を立てると、ニタっと笑った。


 食堂に入ると、既に数人の寮生が遅い夕食をガッついていた。

 寮生で一軍に居るメンバーはそう多くないのだろう、会議用の長テーブルに折り畳みのパイプ椅子という寂しげな食卓には空席が多く、余計に貧乏たらしい。


「おい、お前たちで最後だ、早く食え!」


 厨房の方から飛んできた声に振り向いてみると、いかにも頑固おやじといった風体の中年男性が腕組みをしている。


「児玉さん、今日はご機嫌斜めだな」


(あの人、児玉さんっていうのか…)


 俺はトレーを手に夕食を受け取ろうと、児玉さんの元に進む。

 秋田の言う通り、寮はボロだが、飯だけは美味しそうだ。

 香ばしく焼かれたチキンソテーに、サラダ、小鉢、小魚フライの甘酢あんかけと酢の物、フルーツと、この時間の食事にしては豪勢だが試合の後なので問題なくいけそうだ。


「佐々木~、お前今日のアレはなんだぁ!?」

 児玉がご飯をよそいながらケチを付けてくる。


「すいません」

「ルーキーが初球にカーブなんぞ投げおって、山本が打ち損じたからいいようなものの、バカモンが!」


 児玉はそう言うと、いきなり俺の頭に拳骨を落とし、俺の目から火花が散った。

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