第3話 -北原さん-

 けたたましい目覚ましの音に、寝ぼけた目をこすって枕元の時計を見ると、デジタルの表示はAM7:00を示している。

 まだ半分閉じたままの目で部屋の中を見回してみると、いつもの味気ないワンルームの陳腐な内装が目に入った。

 狭苦しいユニットバスの洗面器に水を流しっぱなしにして顔を洗うと、幾分か目が覚めて来る。


(夢にしてはリアルだったな…)


 興奮と落胆は俺の感情を波立たせ、指先には硬いボールの感触が現実のものの様に刻みついている。

 ケバ立ったタオルで顔を拭きながらユニットバスを出ると、安物のデスクに置かれたスポーツ新聞を手に取る。


(やっぱりLoosersなんてチームはないか…)


 俺は苦笑いを浮かべながら、昨日買っておいたコンビニのおにぎりを口の中に放り込むと、手早く身支度を整えて、紺のスーツに身を固めて家を出た。



**********

「お早う、鈴木くん!」

 会社に着いた俺は、後ろから声を掛けられた。

 声の主は振り向くまでもなく明白だ。


「お早うございます、北原先輩!」

 満面の笑顔で振り向いた俺の目の前には、スラッとした長身の女性が笑顔を向けている。


【北原 舞】


 入社7年目の25歳の彼女は、先週から入社2年目の俺とコンビを組んで営業に回っている。

 人当たりの良い彼女は、美人の上に営業成績もよく、いわゆる憧れの先輩というヤツだ。

 そんな彼女とコンビを組んだ俺は、同期入社の連中からの嫉妬の嵐に悩まされているが、実はもう一つ俺を悩ませているものがある。


「鈴木くん!今日も営業終わり行くよ!」


「は、はい…」


 俺は返事に少しだけ拒否の意向をにじませたが、北原さんはそんな事を気に留める風でもなく颯爽さっそうと鞄を持って部屋を出て行った。

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