第2話 Straight(直球)

 スコアボードを見て、俺は固まった。


(プロ野球!? しかも絶体絶命のピンチ!?)


 でも、さっきマウンドに集まっていた味方は見たことも聞いたこともない連中だ。

 それにチーム名自体聞いた事もない。

 半信半疑で見つめるスコアボードには【Loosersルーザーズ】のチーム名が鮮やかなLEDで表示されている。

(Loosersって、負け犬じゃねぇかよ)


『プレイッ!』


 俺の混乱を余所に、審判がゲームの再開を告げた。


『ゴーゴーレッツゴー!ハレンディン!』

 勇ましいチャンステーマと共に、外野席を埋めたヤタルトファンのビニール傘の群れが今にも襲い掛かってくるように揺れている。


 逃げ出してしまいたい気持ちに支配された俺の耳に、良く通る少年の声が聞こえてきた。

「がんばれ~!ささき~!!」


(俺は鈴木だ、三流大学卒の入社2年目営業社員、23歳の鈴木、それが俺だ!)


 心の中で突っ込みながらも三塁側の内野席を見ると、数少ないLoosersの応援団に混じって、少年が必死に声を張り上げて応援してくれている。


 俺は、覚悟を決めた。


 大きく息を吸って、深く長く吐くと、セットポジションに入る。

 キャッチャーは、一度大きく腕を広げてから捕球体制に入った。

 細かくヒッチを繰り返すハレンディンは相当打ち気に逸っているようだ。

 開き直った俺は、ボールの縫い目に神経を集中させ、キャッチャーミット目掛けて思いっきり腕を振った。

 ハレンディンのフルスイングが、唸りを上げて内角高めを襲ったストレートの下ッ面にチップし、ボールはバックネットに飛び込む。


(どうだっ)


 振り返ってスコアボードを見た俺の目に、スピード表示が飛び込んできた。

【158 km/h】

 日本人でこのスピードを出すピッチャーはまだ多くはない。

 スピードが表示されると同時に、観客たちからどよめきが起きる。


(気持ちいい!!)


 カクテルライトを浴び、観客の視線を一身に集めた俺は、もう混乱や緊張などどうでも良くなっていた。

 キャッチャーからボールを貰うと、すぐにセットポジションに入る。


(もう一球、ブチかましてやる!)


 外角低めに構えたキャッチャーミット目掛けて投げたストレートは、物凄い勢いで外角高めに抜けたが、ハレンディンは中途半端なスイングで空振りしてくれた。

 機敏な反射で後逸を免れたキャッチャーが、タイムを取ってマウンドに歩き出した瞬間だった。


「おぉぉぉっ!!」


 球場中から地響きのような歓声が巻き起こった。

 振り返った俺の目に信じられないスピードが映っていた。

【160 km/h】

 ルーキーの奮闘に、球場の期待感が一気に高まる。


(おもしれぇぇ! 何だよこれ、プロの奴らってこんないい事やってんのかよ!)


 興奮状態になった俺は、後ろから頭を叩かれた。


「おい、佐々木、ちょっと落ち着け!お前もうカーブのサイン忘れたのかよ?」


(カーブ!?)


 忘れたどころかそもそもサイン自体を知らない。

 などと言える訳もないし、サインを知ってた所で投げられない。

 もちろん、握りくらいは知っているが、一度も投げた事もないカーブをここで初めて投げるのは自殺行為だ。

 絶対にワイルドピッチで同点、下手すれば逆転サヨナラの自信がある。


 俺はキャッチャーの目を見据えて、絶対引かない構えで懇願こんがんした。

「ストレートで行かせてください!!」


 キャッチャーは黙って俺の目を見ていたが、うまく勘違いしてくれた様で、苦笑くしょうと共にあきらめの言葉を漏らした。

ねぇ~。」


 駆け足で戻っていくと、腕を大きく広げた後、ど真ん中に構える。

 どうせ荒れると思っているのだろう。

 それならこっちもやりやすい。


 俺はセットに入り、高々と足を上げると、少し息を吸い込んでミット目掛けて渾身のストレートを投げ込んだ。

 真ん中を狙って投げ込んだストレートがハレンディンの膝元をえぐり、そのバットが空を切る。


【165 km/h】


 異次元の数字に球場が湧き、その興奮冷めやらぬ中、俺は次打者の陽平に対してなんとなく投球モーションに入ってしまった。

 テイクバックに入る俺の目に、三塁走者の動きが飛び込んで来る。

 気を散らした俺の指を離れた棒玉が、陽平が待ち構えるど真ん中へと吸い込まれていく。

 スローモーションの様に動き出したバットのヘッドを見て、打球の行方が俺にも簡単に想像できた。


 目を閉じた俺が再び見上げた9回裏のスコアボードには、ホームチームのサヨナラ勝利を祝う様に【4×】の表示が誇らしげに輝いていた。

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