第40話

前世で犯した罪は、自分が負って罰を受ければいいと思っていた。

自分を救うと言ってくれた信一がいる。それが、美香子にとって絶大な安心感と勇気を与えてくれていた。

進藤の研究は、美香子にとってその手段の一つであった。

しかし、過去のかもわからない記憶をただ思い出すことになったいま、そのきっかけともなった信一と会うことさえ、気が進まなくなった。

相変わらず忙しそうで美香子との時間を取れないと嘆く信一を横目に、美香子はほっとしていた。

このまま信一とすれ違った生活を送るのが最も良いことのように感じていた。


太田先生と知り合って、信一と会わない日々がさらに続いて、1週間が過ぎた。


あの日以来、新しく記憶を思い出すことはなかった。

思い出したくないと気を強く持っているからかもしれない。


美香子は明代と共に太田先生の研究室を訪ねた際、その話をした。


「もし、それが有効だと仮定すると、解離性同一障害ということもあり得る」


初めて聞く言葉に、美香子は眉を潜めた。洋画を字幕なしの英語で聞いているようだった。


「か、かいりせい・・・?」


「つまり、多重人格だ」


美香子は息を呑んだ。

ドラマか犯罪でしか聞いたことがない単語。

まさか自分がそうだなんて誰が考えるだろうか。


「美香子さん、落ち着いて」


明代が美香子を抱きしめる。きっと顔は青ざめ、体は小刻みに震えていた。

太田先生が先ほどまでの深刻な声から打って変わって穏やかな声で言った。


「あくまで仮定だ。きみがそうだと言える確信も根拠もない」


「どうやったら、わかるのでしょうか?」


「そうだな。きみの持っている記憶には、坊主頭の男の子がよく登場していたね?それと、最近ではアキラという名前の男性も。彼らの所在を突き止め話を聞くのが確実だろう」


美香子は、もうはっきりと記憶に刻み込まれた顔を思い浮かべた。

全く見覚えもないし、出会った場所がどこかもわからない。手がかりとなりそうなことが一つも見出せなかった。


そのとき、太田先生が「いや、違う」と額を叩いた。


「もう一つ手段があるじゃないか。きみのもう1人の存在を知っている男性がいただろう。僕としたことが、なぜそれを忘れてしまっていたのだろう」


太田先生は悔しそうな声で言った。

もちろん、美香子は気づいていた。気づいてはいたが、信一以外の方法で探りたかった。

美香子は、絶望に加えて憂鬱な気分になった。

できれば信一との接触はこれ以上避けたかったのに、頼みの綱はもう信一しかいないという現実を叩きつけられた。

どうしても信一とは向き合う運命なのだろう。

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