第39話
車は高速を降りて大通りに入った。
夜9時だった。人通りは騒がしく、車通りも混んでいた。
「太田先生、私はこれからどうすればいいのでしょうか」
明代が弱った声で太田先生に訊いた。
太田先生は、優しい声で返した。
「心配はいらない。僕が診療する。大丈夫だから、安心して今日は寝なさい。きみの家はどこらへんだい?」
太田先生は明代の指示の通りに車を動かし、明代の家の前まで車で送り届けた。
美香子が玄関口まで送るといったのを明代は断り、フラフラしながらエントランスの中へ入っていった。
美香子は、明代の姿がなくなるまでエントランスの前で見守った。
車に戻ると、太田先生はすぐにエンジンをかけた。
「さて、次はきみの家だ。道順を教えてくれるかい?」
美香子は家への道順を指示し、しばらく道なりのところへ来てから、心に引っかかっていたことを訊いてみた。
「先生は、心理学が専門だと言いましたよね」
「ああ、そうだ。それがどうかしたのかい?」
「差し支えなければ教えて欲しいんですけど、これまでの患者で前世の記憶に苦しむ人はいましたか?」
太田先生はすぐには答えず、考え込んだ。
そして、探るように訊いてきた。
「残念ながら、今まで出会ったことはない。しかし、きみがそうだというんだね?」
「・・・・はい」
「それは、進藤の研究のせいで思い出したのかい?つまりは、夢が起因して」
「いえ、私の場合は記憶が戻ってから進藤先生の研究に参加しました。・・思い出すきっかけとなったのは、私の前世を知る男性と出会ったことです」
進藤先生は、静かに言った。
「詳しく教えてもらってもいいかい?」
美香子は、明代にも進藤先生にも説明したこれまでの出来事を余すことなく伝えた。まだ誰にも言っていない今日の夕方に思い出した記憶のことも。
話終わった後も、太田先生は口を開かずしばらく沈黙が続いた。
耐えきれず、美香子の方から口を開いた。
「やっぱり、これも精神疾患の一つですよね?」
うーん、と太田先生は低く唸ると、「わからないな」と言った。
「その彼に会うことはできるだろうか?彼が精神患者かどうかこの目で確かめたい。精神疾患者なら、きみが相当なストレスで見たただの夢かもしれない」
「もし、違ったら・・・?」
「実に面白い話だ。僕の専門外だがね」
美香子は、精神疾患でいいと思った。
それくらい、自分の前世かもしれない記憶は美香子にとって苦しみの対象であった。
進藤の研究が偽物だとわかった今、自分の過去を償えるチャンスは永遠に失われてしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます