第41話
その夜、早速信一に電話をした。
電話に出た信一の声は、顔を見なくても嬉しがっているのが伝わってきた。
「美香子さん、電話をくれるなんて一体どうしたんですか?」
胸が苦しい。好きなのに声を聞きたくない。
スマホを持つ手に力が入る。
「最近会えていなかったので・・・。お仕事は相変わらずお忙しいですか?」
「僕も本当に美香子さんに早くお会いしたいのですが、3月末までは忙しさが続きそうです。すみません」
「そうですか」
美香子はさらに手に力を入れた。
「週末、少しでいいので、お時間いただけませんか?ほんとに、半日、いえ2時間でも」
信一が電話越しに困惑しているのが伝わってきた。吐息が聞こえてくる。
やがて、腹を括ったように信一は言った。
「わかりました。土曜日の午前中でも構いませんか?」
「はい。では、後ほどメールで場所を送りますのでそこで」
美香子は電話を切った。
動悸はまだおさまらない。
土曜日、信一とは、病院の前で待ち合わせた。
会社でもなるべく顔を合わせないように避けていた。久しぶりに会う彼は、疲れていて少し痩せたように見える。
「美香子さん、お久しぶりです。最近会社でもプライベートでも会えず寂しかったです」
「いえ、お忙しいのにわざわざありがとうございます。こちらです」
よそよそしい返事になってしまった。顔もまともには見れない。
「では、こちらへ」
美香子は信一を誘導するように先に行く。
病院に来るのは慣れてしまった。
エントランスを抜けてエレベーターに行こうとしたときだった。
信一が、背後から言った。
「美香子さん、もうお母さんのことは立ち直られましたか?」
美香子は足を止めて振り返った。
信一の顔は真剣で、心配そうに美香子を見ていた。
「ど、どうしてそれを・・・?」
信一は何事もないかのように返した。
「あなたのことは何でも知っていると言ったはずです。そして、だからこそ僕はあなたのもとへ来たのです」
美香子は呆然としてしばらく動けなかった。
今から太田先生のところへ行って、診療を受けて、やっぱり精神的におかしかったんだな、で終わらせるはずだった。
これから行う予定だったことは、無駄になってしまうんだろうな、と痛感した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます